第16話 慟哭

 シャーロットは脱獄を図った。

 ひそかに針金とネジを持ち出し、ネジを薄く削ると、針金と駆使して牢の鍵を開けた。


 看守はちょうど交代の時でいなかった。そもそも、シャーロット一人であるし態度は至って真面目であったから、警備は緩かった。


 しかし、建物から飛び出したところでエンニオに見つかった。シャーロットは逃げた。エンニオはもちろん追いかけた。次第に他の兵も集まり出した。

 もう駄目だと思った彼女は、とある小屋に逃げ込んだ。


 その小屋は備品などがしまわれており、もしかしたら武器になるようなものがあるかも知れない。エンニオは、兵士たちに慎重にいくぞと言った。追い詰められれば、羊でもなにをしでかすかは解らない。


 すると扉の隙間から黒い煙が漏れ出した。


 追い詰められた羊は、抵抗を選ばなかった。自殺を選んだのだ。


 エンニオは兵士たちに消火活動を命令し、エンニオ自身は彼女の捜索と備品を取り出す作業にかかった。

 火の勢いは凄まじかった。鎮火を終えたころには半壊していた。取り残された備品は黒く燃えていた。

 そして、中から焼死体が発見された。


 キートンは焼死体に近づいていった。一歩、また一歩と踏み出すたびに、なぜかうるさくなっていた鼓動は収まっていった。

 ふわふわとした浮遊感があり、先ほど飲んだシードルが胃からこみ上げていた。なくなった左腕が疼いている。とてもとても疼き、痛かった。

 周りの者がなにやら話していたが、耳には入ってこなかった。キートンは焼死体だけを見ていた。とても黒くて、ガサガサしていた。人の形をもっしているのが不思議だった。近づいていくほど、その感情は強まった。


 なにもかもを忘れ、どこかに行ってしまいたかった。それでも足は勝手に進んだ。誰か違う人の足みたいだった。


 キートンは焼死体のそばに跪いた。ひんやりと冷たい感覚が膝にあった。火を鎮めるために用いた水がそこには溜まっていた。

 焦げたにおいがする。鼻がつんと痛かった。焼死体のにおいは、戦時中から得意ではなかった。


 キートンはもう一度、焼死体を見た。


 言葉も感情も湧いてこなかった。もしかしたら、湧いてこないと思っているだけかも知れなかった。

 ゆっくりと手を伸ばしていったが、途中でとめた。触れてしまえば、そのまま崩れ落ちてしまう気がした。そして同時に、自分自身も崩れ落ちてしまう気がした。だから触れられなかった。


 シャーロットに、シードルを渡しそびれてしまった。旅の話もしてやることができなくなってしまった。タバコを辞めたことも、そういえば伝えるのを忘れていた。


 思えば、シャーロットにしてやりたいことや、言うべきことがたくさん残っていた。もう言ってあげても、それをしてあげても、空虚に消えてしまうだけだった。花を添えても祈りの言葉も捧げても、それは同じようなことだった。


 キートンは気がつけば涙を流していた。表情を崩すことなく、静かに涙が落ちた。

 久々の感覚だった。だが、こんなことで思い出したくはなかった。

 それでも涙は流れた。堪えることもできず、ポロポロと落とした。シードルが少し、混じっていたかも知れなかった。

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