第13話 また逢う日まで
シャーロットはキートンの顔から両手を離すと、鉄格子の中へ引っ込め、膝の上に置いた。そして首を斜めにし、照れたように笑った。彼女がすると上品な仕草に見えた。
釣られてキートンも笑った。言葉は思いつかなかった。やはりキートンは正しい言葉は持っていなかった。
キートンは瓦礫の中から救われたあと、長いこと床についた。体もみるみる痩せていった。ほとんどのものが魔王の呪いだと言っていたが、理由は単純だった。飯が喉を通らなくなり、クスリを服用していたからだった。
そのあとも体重が戻ることはなかった。原因はよく解らない。使命を終えたから、体が枯れだしたのか、それとも本当に魔王の呪いなのか。例えそうだとしても仕方のないことだった。
「そういえば、どうして旅をしているか訊いたことがなかったよね」とシャーロットが言った。「なぜ旅をしているの?」
「なぜ……」
だがシャーロットは片手を挙げ、
「いえ、やっぱり聞かなくても解るわ。あなたが生じさせたと思ってるこの世界を、見てまわってるんだね。あなたの気持ちはとても解る。でも、キートンさん一人がすべての罪を背をはなければならないの? 別にキートンさん一人が生み出した時代でもないのに」
「…………」
やはり彼女は、いつだって胸を揺さぶる言葉を持っていた。
キートンは、シャーロットの後ろにある冷たい壁を見た。小さな蜘蛛が壁をつたっていた。わざわざ自分から牢屋に入るとは、おかしな蜘蛛だ。
いや、本当におかしいのは、牢屋なんて作ってしまう人間なのかも知らない。牢屋を作らせてしまう、人間なのかも知れない。蜘蛛は、ここが牢屋だなんて理解していないのだ。蜘蛛は、悠々と歩いていた。目的を持った足取りだった。
「君は魔国に戻りたいか?」とキートンは訊ねた。
シャーロットは静かに首を振った。「戻っても、居場所なんてないから。帝国の息のかかったよく知らない人が国を動かし、よく知らない人がお城に住んでいるはずだから」
「違いないな」
「でしょう。今更戻ったって……。みんなも今が精一杯で、誰も私のことなんて覚えていないはずだもの。だからいい。こうしてキートンと話してる方がいい。私、あなたの小説を書いてるんだよ」
「俺の?」
「うん。あなたから聴いた話を、小説にしてるの」
「それは恥ずかしいな……」
「多少、脚色しているけど、できはまあまあよ」
シャーロットは誇らしげな顔を浮かべた。
キートンは、いつか読ませてくれという言葉を呑んだ。物語になるほど、自分の旅は美しいものではないと思ったからだ。
「しかし、どうしてそんなものを書こうと思ったんだ?」
するとシャーロットは目を伏せ、膝の上で手を組むと、閉じたり開いたりした。キートンはそれを眺めていた。七回、彼女がそうしたところで、また視線を上げこちらを見た。
「できることなら、私はあなたと一緒に世界を見てまわりたい。でも翼を望むのは、愚かな考えだということは解ってる。だから、キートンさんから聴いた話を小説にして、少しでも気を紛らわそうとしているの」
思えば、シャーロットが外の世界を知るには、誰かに話してもらわなければならないのだ。そしてその話しをしてくれるのは、たった一人だけだった。それも、一年に一回しか訪れやしない。
キートンは、外の世界を見られないというのはどんな気持ちなのだろうと考えた。
…………
蜘蛛になってしまった方がましかも知れなかった。
キートンは言った。「――君の小説をまた読ませてくれないか。かわりに旅の話をするから」
シャーロットは優しく顔を綻ばせた。「ありがとう」
キートンは首を振った。感謝されるようなことは何もないのに。
それからキートンは旅の話をした。シャーロットは興味深そうな顔を浮かべたり、時には泣き出しそうな顔をした。絵画のように見ていて飽きない表情だった。
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