第12話 この先

 翌朝、キートンは物音で目を覚ました。急いで目を開け、耳をすませた。シャーロットはまだ眠っていた。小さな寝息を立てていた。


 やはり、がさがさと物音が聞こえる。それと喋り声も。おそらく帝国の兵だ。敵の制圧も終わり、ここにやって来たのだろう。魔王と勇者の死体がないか、確認しているのかも知れない。

 キートンはシャーロットの頬を叩き急いで起こした。シャーロットはゆっくりと顔を上げると、目を擦った。


「おはよう、キートンさん」

「ああ、おはよう。目覚めのコーヒーはないぞ。それよりもだ、人が来たぞ!」

 シャーロットはびっくりして目を見開いた。「ほんと?」

「ああ、これでなんとか助かるみたいだ」

「良かった……」

「ああ……」とキートンは言った。


 同時に、戦争も終わったということである。

 長い長い戦いが終わった。なぜか喜びも達成感もなかった。実感がないのかも知れない。ただ、これから彼女はどうなるのだろうと考えていた。処刑されることはないと信じたい。もしそうなれば、全力で止めるだろう。


 キートンは外に世界に向かって声を上げた。何度か声を上げていると、返事がかえってきた。まさか勇者さまですか! と。

 そのあと、あっという間に瓦礫が撤去され、キートンたちは救出され、外に世界に誕生した。

 一人の兵が、魔王の死体を確認しましたと報告してきた。キートンは、そうかと言った。全ては終わった。

 シャーロットは深く息を吸い込むと、数滴の涙を流し、お父様と呟いた。


 キートンは目を伏せた。彼女にかける言葉が見つからなかった。キートンはいつだって、牧師のような正しい言葉を持っていなかった。湧き上がるのは、いつだって無意味は感情だった。

 キートンは、左腕を怪我していたためタンカに乗せられた。シャーロットにまた会おうと告げると、涙を拭い、くしゃくしゃな笑顔を見せた。無理して笑わくてもいいのにとキートンは思った。


 病院に搬送され、左腕を診察された。切断しなくてはならなかった。応急手当もできぬまま瓦礫に閉じ込められたので、壊死しているらしかった。

 戦争の代償だと考えた。むしろ左腕一本ですんで幸運だった。命を落とした者は数えきれないほどいる。

 敵も味方も。


 ある日、風にそよぐ木々を病室の窓から見ていると、シャーロットがやってきた。その後ろには二人の兵士がついていた。

 キートンはエンニオから、シャーロットが牢屋に入ることになったと聞いていた。


 シャーロットは左腕があった場所を見つめると、目に涙を溜め、ごめんなさい……と謝った。

「謝るのはお互いによそうって言っただろ」

「けれど……」

「いいんだ。なにも言うな。あれは戦争だ。それにそんなことをいったら、俺は君にどれだけ謝らなければならない」

「そう、ね……」

「ああ」

 キートンはそう言うと、もう一度風に揺れる木々を見た。激しく激しく揺れ動いていた。それは自分の感情を表している気がした。


 シャーロットは最後にこんなことを言った。

「戦争も終わって、これからどうするの」

 キートンはシャーロットを見た。「……解らない。なにも解らないんだ。次の時代が一秒でも早く来ることを願っていたが、その先のことはなにも考えていなかった」

「やっぱり、悲しい人……」


 キートンは自嘲気味に笑った。「君が言うのなら、間違いないのかもね」

「皮肉?」

「まさか。そんなんじゃない」とキートンは言った。そしてあることを思い出した。「ああ、先のことはなにも考えてないって言ったけど、退院したら行きたいところがあったんだ」

「やりたいこと?」

「ああ。退院したら、君の顔をまず見に行くよ」

 シャーロットはくすりと微笑んだ。「ありがとう。待ってるね」


 そのあと、シャーロットは兵につれられ病室を出ていった。ズキリとなくなった左腕が傷んだ。安らぎがなくなると、思い出したように痛みはぶり返してくる。人の体というのは、人のように勝手だ。

 キートンは、窓の外を見た。木々は相変わらず揺れていた。風はいつになってもやみそうになかった。


 一つの時代が終わっていくのを感じた。ぽつんと、時代に取り残されている気がした。


 この先、どこに流れていくのだろう。

 …………

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