第26話 一抹の不安
またしてもおうとつの激しい山道を、キートンは歩いていた。雨が近いのか、山のにおいが強かった。それはお馴染みのにおいではあった。この数日間が特別なだけだったのだ。ふかふかのベッドに寝られて、美味い飯が食えて。
ラルサンには感謝してもしきれない。久々のワインも美味しかった。あの三人にも感謝しきれないだろう。人間を憎んでいるはずなのに、別れも惜しんでくれた。
「さよなら、キートンさん。きっとあなたに会いたくても、もう会えることはないでしょう」
そこで、デボラの言葉を思い出した。きっと心に引っかかっていたからだろう。どういう意味だったのだろうか。
意味――
キートンはそこで足を止めた。立ちすくみ、神妙な顔して思考した。まさかと思った。
デボラは最後に、衛兵を呼んでおいてくれと言った。最近、山で見かける犬猫の死骸のことでと言う。
しかしそれはラルサンの命令ではないだろう。お願いがありますと、わざわざラルサンから離れて言ったのだから。それに、あの時ラルサンはデボラの行動に怒っていた。自分で頼んでおいて、怒りはしないだろう。
犬猫の死骸があるというのも、果たして誰がやったのだろうか。そのために衛兵を呼んでくれと言っていたが、近隣の子供だろうか? しかし、そういう動物を虐待して悦に浸っているものは、心に闇を抱えている者が多い。自分が虐げられているから、動物を虐待しストレスを発散しようというのだ。
デボラは人差し指を怪我していた。包丁を研ぐ時に切ってしまったと言っていたが、しかし、“デボラは料理担当ではない”。包丁を研ぐ必要はないのだ。
犬猫は切り刻まれていたという。
嫌な予感がした。
それに朝、グレタとアンが言っていた。今日の夕食分の食材もないし、洗濯ものも干していないと。何故か? それは、もう用意する必要がないからではないだろうか。だから、衛兵を呼んでおいてくれと――
まさかなとは思う。しかし、鼓動は早くなっていた。予感めいたものを感じていた。
キートンは踵を返し、走り出した。土を蹴り、急いで駈けた。
これは推理などではなく、辻褄合わせだということはよく分かっている。だがそのまま笑い飛ばすことはできなかった。
気がつくと、雨が降り出していた。嫌な予感は、ますます雨と共に強まっていった。
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