第23話 湖
私は井戸水と手に入れた芋のおかげで、数日は死ななくて済みました。
それでもあっという間に芋も尽きてしまって、私は空腹のもと、ふらふらと歩いていました。なにも考えられず、足を動かすことしかできませんでした。
すると、大きな川のほとりに出てきました。私は目を大きくし、飛びつきました。全ての水を吸い上げる勢いで、飲んでいきました。
腹一杯に水を飲んだのは、本当に久しぶりでした。泥水とは違い涙が出るほど美味しいのです。
なんの目的も持って歩いていませんでしたし、私はこの川を下ることにしました。でも歩くのも面倒なので、私は落ちていた木を川に浮かべ、それに掴まり流されることにしました。
とても水が気持ち良かったです。火照った体がひんやりとして、喉も乾けばすぐに飲むことができるんです。なんて素晴らしいことか。
あまりにも心地良かったので、川の流れに身を任せていると、段々と眠たくなってきました。しかし眠ってしまえば溺れてしまうかも知れません。私は眠気と戦いながら、それでもウトウトとしながら流されていますと、大量の水が落ちている音に気がつきました。
はっと目を覚ましました。
これは滝の音です。
私は必死になって手を動かし、急いで川辺に上がりました。四つん這いになり、はあはあと荒い呼吸を立てました。少し休憩したあと、ずぶ濡れの体のまま、私は滝の方へ近づいていきました。
おそるおそる顔を覗かせて見ますと、滝はおおよそ五十メートル規模の高さがありました。
でもそんなことはどうでも良かった。水の落ちた先には、とてもとても大きな湖があったんです。眼下いっぱいに広がっていました。済んだ綺麗な水をしています。目を凝らせば、泳いでいる魚も見えてしまいそうです。
私はこの湖に記憶がありました。
地図で見たんです。大きな湖があるもんだなと思っていました。
そして、私はそこで気がつきました。
湖の近くにまで、“帝国は攻め入ってたはずなんです”。
“歩けばすぐそこに、味方がいるんです”。ほんの数日、歩けば。つまり助かるということです。私は呼吸をするのも忘れていました。
これで、助かる……。
私は崩れ落ちるようにその場に両膝をつくと、天を仰ぎ、両手をわなわなと掲げました。そして声になってない声で叫びました。喜びが体から突き抜けていきます。
湖は夕陽でとても綺麗に輝いておりました。一面に宝石をちりばめたようです。あの湖より綺麗なものを、私は見たことがありません。きっとこれからもそうです。
私は何度も何度も叫び、涙を流しました。キラリと涙も光っていました。
それから数日ほど歩き、私は味方に保護されました。みんなは奇跡だ奇跡だと言い、喜んでくれていました。
それから私は野戦病院に搬送され、治療を受けました。完治して、医者に故郷へ送還しようと言われましたが、私は固辞しました。やるべきことがあったからです。
大隊に戻ってくると、私は収容所に攻め入りました。場所は大体把握できていましたし、私が戦争から離れているあいだに、帝国は随分と侵攻していました。収容所の近くにまで差し迫っていたんです。これも、あなたの活躍なのでしょうね。
収容所を制圧して、捕虜を解放しました。捕虜たちは喜びの涙を流し、一列になり、歩けない者は仲間に肩を抱かれ、外の世界に向かいました。私はローンの姿を探しました。もちろん、いるはずがありません。解ってはいましたが、自然と目が動いていたんです。
もしかすれば、という淡い期待を抱いていたのか、自分でもよく解りません。
私は少し、中を歩いてみました。薄汚い小屋に捕虜と兵士の汗のにおい。見上げれば、四方にジャングルが広がっています。私は懐しい気持ちになっていました。けっしていいところではありませんし、この場所で私たちは虐げられてきましたが、ローンとの思い出が蘇ってきたのです。とても心地の良い思い出でした。
私は背を向け、立ち去ろうとしました。その時、よくやったなと、ローンが言ったような気がしました。
私はびっくりして振り返りました。ですが、やはりローンはいません。そこにはなにもありません。小さな羽虫が宛てどなく、飛んでいるだけでした。
「……ありがとう、ローン」
私はそう言い残すと、また戦場に向かいました。まだローンとの約束が残っていましたから……。
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