第22話 芋のために

 それから一月、いや二月くらい経ったでしょうか。食料も水も充分にありませんから、流石に私の体は鞭のようにやせ細っていきました。栄養が足りませんので、がさっと髪の毛が抜け落ちてしまうこともありました。

 歩いていると、木の根元に赤いキノコがありました。


 毒キノコかも知れません。でも違うかも知れない。


 私は空腹でした。カラカラだった私の口から唾液が出てきました。私は狂ったようにキノコにくらいつきました。むしゃぶりつきました。それがとてもとても美味しいのです。生き返る気持ちでした。

 次の瞬間には後悔しました。目先の欲求で死んでしまうかも知れない。そう思うと怖かったです。体を丸め、死の恐怖に震えていました。


 しかし、体に異変はありません。毒キノコなんかじゃなかったのです。私は安堵しました。同時に笑えてきました。なにを馬鹿みたいに震えていたんだろうなと。私は気が狂ったように笑いました。いや、もうすでに狂っていたのかも知れません。


 私はまた足を進めました。取り敢えず歩くしかないのです。そして藪の中に入り、そこを少し歩いていますと、声が聞こえてきました。幻聴なんかではありません。はっきりと聞こえました。敵でしょうか?

 私は薮の中から、少し頭を出してみました。厳密に言えば敵ですが、敵兵ではありませんでした。ここから五十メートル離れた右手の方に、魔人族の村があったんです。このあたりは魔人族の手によって切り開かれておりました。まあ、村と言っても規模は小さいものです。家も十ほどしかありません。


 先ほど聞いた声は魔人族のものだったんでしょう。しかし、手を挙げやあやあと出ていくわけにもいきませんから、私は頭を引っ込めようと思いました。


 その時、左手の方角から音が聞こえました。ほんの八メートルそこに、井戸がありました。そこで、十五、六ほどの少女が芋を洗っていました。私には背中を向けております。


 私はナイフを手に持ち、姿勢を低くして少女に近づいて行きました。

 魔人族への憎悪もありましたし、これで芋と水が手に入ると思いました。なあに、村からは良く見えないはずです。


 ある程度近づくと、少女に飛びかかりました。ジャングルでの生活が長かったから、狩りはお手のものでした。

 私は少女の口を押さえ、喉にナイフを突き刺しました。少女は私の手の中で悲鳴を上げ力強く蠢きましたが、ナイフをドアノブのように回してやると、完全に動かなくなりました。


 これで芋と水は私のものだ!


 ですが、迂闊でした。少女に集中するあまり、その先の切り株の上に、一、二歳の子供がいたことに気がつかなかったんです。

 子供は顔を歪め、今にも泣き出そうとしていました。これでは人が集まってしまう。


 私は咄嗟に少女からナイフを抜き取ると、子供に投げつけました。


 この時、私には当たってくれという気持ちと、どうか当たらないでくれという矛盾した、二つの気持ちがありました。どちらの思いの方が強かったかは、解りません。


 そして、ナイフは子供の頭に突き刺さりました。血を吹き出して後ろへ倒れ込み、ぽとっという音がしました。


 私は急いで井戸の水を飲むと、芋を五つ拾い上げました。そして子供からナイフを抜き取ると、藪の中に飛び込み、走り出しました。ナイフを抜き取る時に見た子供の顔が、目蓋の裏に焼き付いていました……。


 どれだけ走ったか解りません。私は木の根っこにつまずき、勢い良く転けてしまいました。芋もあたりにころころと三つ転がってしまいました。どうやら、走ってる道中に二つ落としてしまったらしいです。

 私は倒れ込みながら、荒い呼吸を立てました。そしてふいに涙が出てきました。もう消えてしまいたい気持ちになっていました。けど自分でも気づかない内に、私は声を殺し、敵に気づかれないようにしていました。生への執念というやつでしょうか。


 私は苦しくなってローンに呼びかけてみました。けどなにも応えてはくれませんでした。何度も何度も呼んでもです。私は泣くことしかできませんでした。


 思えば、だからかも知れませんね。コールを産ませ、大切に育てるのは。あのときの贖罪の気持ちもあるのかも知れません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る