第4話 一人きりの少女

 アルバに家があるということは、奴隷ではないということだ。キートンは少しほっとした。だが村人の対応を見て解る通り、悲惨な状況であるのは間違いなかった。


 他の民家よりアルバの家は年季が入っていた。壁は見るからに薄そうであったし、窓はところどころ木の板で修繕されている。しかし、特別アルバの家が痛んでいるわけではないのだ。みな、似たようなものだった。


 家の中に入ると、ダイニングテーブルに通され、どうぞと水を出してくれた。


「すまないな、無理言って」

「ううん、大丈夫」

 キートンはあたりを見渡すと、

「お母さんは?」

「いないよ。わたしひとりだけ」


 そうだったのかとキートンは思う。


「他の獣人たちは? 村を歩いていて見かけなかったが」

「今はわたしひとりだけ。戦争が終わって人間に連れて行かれたり、荷物を纏めてどっかに行っちゃった」

「……そうか」

 キートンは重く垂れこめた気持ちになった。獣人たちはすべからく悲惨な運命を辿っている。今まで旅をしてきて、獣人たちが幸運だったところを見たことがない。異常なことだとキートンは思う。


「おじさん、馬車で話してた続きなんだけど」

 もうおじさんでいいかと半ば妥協しながら、

「なんだ?」と答えた。

「どうして、普通に接してくれるの。わたしは獣人なのに」

「ああ、そのことか。それで君は困惑しているのか」

「うん」

「別に理由なんてないさ。獣人は獣人で、人間は人間なだけだ。そのどちらも同じ命だ、重いも軽いもなければ、良いも悪いもない。種族は関係ない。それに、俺は戦争で多くの獣人たちと共に戦ってきた、俺を庇い死んでいった者もいる。そんな奴らを忘れて袖にできるはずがない。単純な理由だよ」


 その言葉の中には、怒りも混じっていた。友たちの顔が浮かんでいたからだ。キートンはぐいっと水を飲み込んだ。一息つくと、


「実は元々この村に用があったんだ」

「よう?」

「ああ。実は君のお父さんのセードルフと俺は、戦友だったんだ」

「ほ、ほんとう……?」

「ああ、もちろん。一緒にいたのはほんの数ヶ月のあいだだったけど、友情は本物だったよ。だがお父さんは戦争が終わったあと、亡くなってしまったらしいな。残念だ」

 キートンは悲しみを隠し言った。


 アルバは興奮したように目を大きくし、鬼気迫るほど真剣な眼差しをキートンに向けた。

 なんだ? とキートンは疑問符を浮かべる。

「お父さんは昔、勇者の友達がいると言ってた……も、もしかして、あなたが……」

 アルバは両手をぐっと握りしめ、前かがみになりながら、ゆっくり椅子から立ち上がった。興奮しているのが見て取れた。


「いや、違う、俺じゃない」

 キートンはぴしゃりと言った。アルバはえっと驚いた顔を見せ、興奮が冷めていくのを表わすように、ゆっくりと椅子に座った。


「違うんだ……」とアルバは言った。

「勇者はこんなでっかい大剣を背負ってたって聞くだろ、こんな俺のような貧弱な体では無理だ。それに勇者さまなら、今頃お城で優雅に暮らしてるさ」

「そう、だよね」

 アルバはがっかりしたように顔を伏せた。


「もし、俺が勇者だと言っていたら、君は俺を殺していたか」

「わたしが? どうして?」

 汚れを知らない少女らしく、無垢にそう訊き返された。だがキートンにはろどうしてと言われる理由が解らなかった。


「勇者が魔王を滅ぼしてしまったから、獣人族は酷い目にあっている。勇者がいなければ、自分たちの状況は変わっていたかも知れないんだぞ?」

「そうかも知れないけど、きっとそれは違うよ。勇者さまのせいじゃないよ」

 アルバは笑みを見せた。その笑みは愉快な話をしている時に見せる笑みだった。不釣り合いな笑みだった。

 キートンは眉間に皺を寄せ、渋い顔をし窓の外を見た。陽が落ちかけ、闇が迫っていた。今日もまた、虚しい一日が終わる。


「そろそろ夕食にしようか!」

 アルバは名案を思いついたように手を叩いた。ね? とまたしてもキートンに笑みを見せた。

 キートンはもう一度外を見た。胸が詰まる思いだった。

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