第3話 村へ

 恩人の頼みとあって断れないようだった。アルバは荷台の上に乗せてもらい、キートンも同じように乗せてもらった。行商人はぶつぶつと何かを言っていた。

 アルバは行商人に背を向けるようにして荷台のへりに座り、外に両足を投げ出しプラプラさせていた。がたりと荷台が揺れる。それが妙に心地良かった。


「おじさん強いね」

「そんなことないさ。俺なんかより強いのはごろごろいるよ。それと……、ああ……」キートンは困ったようにアルバを見つめると、「お兄さん、だ。お兄さん。俺はまだ二十三だ。解ったか」

「うん、解った」

「うん……、あぁよし。それでいいんだ」


 少しの沈黙が生まれた。また荷台が揺れたが、今度は心地良くなかった。理由は解っていた。


「あの盗賊たちは最近よく現れるんだ」アルバがぽつりと言った。「ああやって馬車を襲ったり、村の作物も盗んでいくの」

「そうなのか」

「うん。殺された人はいないけど、被害を受けた人はたくさんいる」

「全員獣人族?」

「そう。獣人族の盗賊団」


 アルバは顔を曇らせた。同じ獣人として恥じているらしい。だがキートンは、事実として獣人族の盗賊は多いことを理解していた。


「帝都の衛兵たちに頼めばいい」とキートンは言った。

「村の人たちもそう思って頼んでみたけど、ダメみたいだったの。こんな辺鄙な所まで来てくれないって」


 キートンは、なら自警団を作ればいいと思った。このままでは養分に終わってしまう。そうなりたくなければ、自分たちで戦わなければならない。でなければ現状は変わらない。


「ねえ、おじさんは獣人のこと嫌いじゃないの?」

「ん、どうして? あとそれにおじさんじゃ――」

 とキートンが言いかけたところで、行商人が声を張り上げた。


「おい、セルピコに着いたぜ! 降りてくれ。アルバ、お前は荷物運ぶのを手伝え、そしたら銭をくれてやる」


 アルバは立ち上がり荷物を持ち上げると、急いで馬車を降りて行った。キートンは続きを話すタイミングを失った。


 キートンも馬車から降り立つと、そこは少し丘になっているところで、セルピコ村を一望できた。

 貧しい村である。ポツポツと建っている家は年季が入り黒く汚れ、畑の作物も肥えていない。人々の活気が感じられなかった。寂しい村だった。


 行商人に案内され村の中に入っていく。すれ違う村人たちの視線は優しいものではなかった。警戒しているらしい。誰も噛みつきやしないのに。

 畑の真横の道に、人だかりがあった。行商人は居た居たと呟くと駆け寄っていった。キートンとアルバもあとに続いた。


「村長、お話があるんです」

「ん? ……何だその人は」

 村長と呼ばれた人物は、六十歳くらいの額もだいぶ広くなっているご老人だった。片手に杖をつき、それをキートンに向けた。

 行商人はキートンを紹介すると、事の顛末を話した。盗賊を撃退したと知ると、村人たちは驚きと賞賛の声を上げた。村長も一応感謝の言葉を述べたが、表情は怪訝だった。よそ者を良く思ってない証拠だ。


「しかし一人でやっちまうなんてすげえな! それも腕一本なのに」と村人の一人が言った。「良かったらよ、盗賊共を退治してくれよ!」


 すると他の村人たちも、それは名案だと声を揃えて言った。痩せこけた右腕一本の男に、この者たちは本気で言っていた。アルバだけは、気を使いキートンの顔色を窺っていた。


「こらお前たち、よそ様にそんなことを頼むな」

 村長がそう諌めると、また村人の一人が、

「でもよ村長、これで退治してくれたら助かるじゃねえか。それになにも無償でやってもらおうって思ってねえよ」

「それでも駄目なものは駄目じゃ、大馬鹿者が」


 村人はむっとしたような顔を見せたが、それ以上はなにも言わなかった。


「それで旅人さんよ、話の本題だが、別に泊まっていってくれても構わんよ」

 村長がそう言うと、行商人は笑顔で頷いた。

「そうさせてもらおうかな」とキートンは言った。「だが泊まらせてもらうなら、アルバの家がいいな」


 村人たちは、たちまちざわめき出した。

 奇怪な目でキートンを見つめた。わざわざケモノの家に泊まるなんて正気ではないと思われているらしい。


 村長はざわめき立った村人を諌めるように咳払いをし、

「別にそれは構わんが……、ではアルバ、良いか?」

「は、はい、わたしは。じゃあおじさん、ついてきて」

 キートンはアルバの後ろをついて行った。背中に、村人たちの白い視線を感じた。

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