第35話 先手

雨竜の後ろに確認できたのは、最初に予想していた出雲と晴華の他に、美晴、朱里、真宵、翔輝、蘭童殿、あいちゃんの計8名。雨竜合わせて9名。


学校で見る分には大した人数ではないが、普通の一戸建て住宅の前に9人もいるのは異様に見える。



さて、この状況をどうするか。


はっきり言ってどうしようもないのだが、この状況が問題ないのかだけは確認したい。


「出雲」


というわけで、一番こんな無茶をやらかさなさそうな出雲へ問いかける。


「どうしたの?」

「どうしたのじゃない。僕の認識が間違ってなければ今は放課後の学習時間のはずだが」


試験前のこの時間はいわば部活と同じ扱い、基本的には時間が過ぎるまで帰宅は許されていない。それが9人揃って脱獄しているのだから気になりもする。


「時間としてはそうだけど、ちゃんと長谷川先生の許可をもらって出てきたから問題ないわよ」


成る程、そういうことか。僕の早退を提案してくれたのも長谷川先生だし、出雲から相談されれば蔑ろにはできないだろう。


「いや、納得しかけたがそれでも9人は無理があるだろ?」

「何言ってるの、私が許可もらったのは青八木君と私の2人分だけよ」


成る程2回目。そりゃそうだ、長谷川先生はBクラスの担任なんだから。そもそも一担任が学校のルールを曲げて生徒を帰宅させられるものなんだろうか。


それはいいとして、出雲が堂々としている理由は判明したが、だとしたら問題は尽きないわけで。


「私と朱里ちゃんもちゃんと許可もらってるよ」

「私とあいちゃんも先生に説明して許可もらいました!」

「僕も先生に許可もらったけど、神代さんは大丈夫?」

「あたしはハッセンに直談判したから大丈夫! ウチの担任にもいってるはず!」

「ちなみにあたしは普通にサボりね」

「ちょっと真宵、聞いてないんだけど」

「言ってないもの。ここまで来られた以上あたしの勝ちね」

「はあ、私の監督責任が問われるわ」


出雲と真宵のやり取りの他所で、僕は驚いていた。真宵以外、問題なく許可をもらえていることに。そんなことあり得るのか、教師としても『放課後向かいなさい』で済む話じゃないのか。



「それだけ重い事件だと思ってるんだよ学校側も、お前がどう思っているかは別にして」



僕の心を読んだかのように、雨竜がこの状況に対して理由付けした。


そして、最初は笑顔だった面々の顔が曇る。朝の生徒玄関や教室の状況を思い出しているのかもしれない。



「はあ」



僕は溜息をつく。大丈夫だって言ってるのにこんな顔されるんじゃ堪ったものじゃない。



いずれにせよ、長時間玄関で立ったままやり取りするのはご近所付き合い踏まえても得策じゃない。カバンを渡してバイバイとはいかなさそうだし、最初から分かっていたが。



「入れ。話はそれからだ」



僕は入口を開けて皆を中へ通す。廣瀬家の玄関がこんなに騒がしくなるなんて誰が想像できただろうか。



「皆さんいらっしゃい、手を拭くならこれ使ってね」



靴を脱いで中に入った奴らから、父さんお手製ホットタオルが提供される。初めて来た人間は面食らうだろう、僕の父さんは世界一のおもてなしストだ。



「もしかして、去年の学園祭にいらっしゃってました?」



同じようにホットタオルを受け取っていた美晴が、初めて会ったであろう父さんを見てそう声を掛ける。



「あっ、確かに見覚えある! すごいカッコいい人来てたって、ユッキーのお父さんだったんだ!」



美晴の発言で晴華も思い出したらしい。さすがの存在感と美貌、我が父ながら恐ろしいものだ。



「ありがとう。2人のことは覚えてるよ、巫女装束とチャイナドレスを着てた子たちだ」



コスプレしていたことを思い返したのか、2人の美少女が恥ずかしそうに頬を染める。2人は去年の学園祭の稼ぎ頭だったからな、父さんでなくても覚えているだろう。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


僕に対していつも適当な真宵が、父さんを前に緊張している。父さんの偉大さを何度も再認識させられるが、これを機にもうちょっと僕に対する優しさを覚えた方がいいね。


玄関で待機していた僕の代わりに雨竜がリビングまで先導していたようだ。僕の部屋じゃ狭くてしょうがないし、妥当な判断だろう。


ダイニング側に僕を含めた男子3人、リビング側にテーブル囲んで女子7人を座らせた。少し距離はあるが話せない程じゃない、飲み物とお菓子を分けたらやり取りを再開することにする。



しかしながら、制服姿の女子7人が地べたに座る光景というのもなかなか壮観だな。ハイアングルから写真を収めたらどこかで入賞できるかもしれない。なんかそういう癖の人たちに。



「父さん、後は僕がやっとくから」

「了解。お父さん部屋にいるから皆さんが帰るときに声かけて」

「うん」



快適な環境だけ提供して、退散してくれる父さん。至れり尽くせりで何も言うことができない、親孝行ローンが1億年くらいまで貯まってそうだ。



「廣瀬のお父さん、若すぎない?」



父さんが去って最初に切り出したのは、先程分かりやすく面食らっていた真宵だった。


「どんなに若くても40歳くらいでしょ、あんな男前な一般男性いる?」

「分かります、言葉を失いかけましたもん」

「良い歳の取り方をしたアイドルみたいだったね」


真宵の言葉に、蘭童殿と美晴が続く。初対面じゃない組も納得しているかのように首を縦に振る。


くくく、なんて気分が良いんだ。近所のおばさま方だけでなく、若い女子たちにもその素晴らしさが伝播していっている。まさに没後に評価され始めた芸術家のごとし、そろそろ世界に進出する準備をしておく必要があるかもな。欠点なんてよく分からん嫁がいることくらいだし、何の障害もないね。



「ユッキーのお父さん、なんとなくウルルンに似てたね」

「全く以て似てない」

「全く以てウルルンじゃない」



気持ちよくクラシックを聴いていたところに手榴弾で爆撃されたような気分になった。あの馬尻尾女は笑顔で何世迷い言を言ってるんだ。


「聞けよ平民共」

「お前は何者だよ」

「父さんはな、見た目・性格・能力全てにおいて人類を超越してるんだ。コイツみたいなボンクラと一緒にすんな」

「さっき俺のこと、天才児って呼ばなかった?」

「天才ごときが神に勝てると思うな、分を弁えろ」

「じゃあお前は神の子なの?」

「誠に遺憾ながら、平民だ」

「平民じゃん」


僕と雨竜のやり取りを聞いている周りから笑い声が漏れる。僕が真剣に父さんと雨竜の違いを語っているというのに何故笑われているんだ。漫才か何かだと思われているのだろうか。


「あはは、貴方たちやり取り見てたらホッとする」

「僕を精神安定剤にするな」

「廣瀬君と青八木君、ホントに呼吸合ってるよね」

「僕はいつも通り、コイツが勝手に合わせてるだけだ」

「それで息ピッタリって、あたし的には普通にムカつくんだけど」

「知らんわ」


女子たちのコメントを律儀に返答していく僕。僕と雨竜を仲良し関係にしたいのか分からないが、あいつらの発言に露骨性を感じてしまう。



……もしかしてこれは。



「良かったよ雪矢、皆と楽しそうに会話するお前を見られて」

「眼科と耳鼻科へ行ってこい」



どうやら雨竜たちは、真面目な会話を挟む前に先手を打ちたかったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る