第36話 共犯者

「先に言っとくけど、お前と距離を置きたいって思ってる人間はいないからな」


空気が変わる。


目の前に座る雨竜の表情が切り替わり、話が本題に移ったことを理解した。


「一応聞くが、その前置きの理由は?」

「張り紙の内容が随分物騒だったからな、俺たちへの風評被害を懸念してお前が取りそうな行動を先に潰したかった」

「僕が周りの声を気にすると思うか?」

「お前個人の問題なら気にしないよ。でも、そう思っていない人間がこれだけいるってのが事実だ」


雨竜の隣に座る翔輝も、リビングに座る女子たちも真っ直ぐ僕に視線を向けてくる。


「雪矢君が気にしてないのは分かってるけどね、ただそれで流せるレベルの事件じゃないから」

「あたしは未だに腸が煮えくり返ってるよ、こんなズルいやり方でユッキーを貶めるなんて」


ハレハレの2人から、彼女たちを象徴する笑顔が消えている。たったそれだけで、周囲からすればただ事でないことと理解出来る。


「早速学校全体で注意喚起が入ったもの、悪ふざけで許される域は超えてる」

「私たちにできる範囲で誤解は解いてきたけど、疑念を完璧に晴らすには時間がかかるかも」

「1年は私とあいちゃんでクラスを回りました! 信じてるというより、戸惑っている印象が多かったと思います」


そして各々、学校での状況を僕に教えてくれる。声のトーンからも、僕を信頼し、そして心配しているのが伝わってくる。



だからこそ、このまま話を進めてはいけないと思った。



「いろいろやってくれてるところ悪いが、張り紙の内容は事実だぞ」



僕の口からはっきりと、前提を覆す。



例え、僕に対する目の色が変わったとしても。



「お前たちは僕がただの被害者として庇ってくれてるのかもしれないが不要だ、これ以上続ければお前たちが嘘つきのレッテルを貼られるぞ」



皆の前で肯定することを躊躇わなかったと言えば嘘になる。皆の心配を真っ直ぐ受け入れるのも選択肢の1つだっただろう。



だとしても、僕を慕ってくれている連中だからこそ、誠実に対応したかった。これだけは絶対に譲れない。



そう思って、皆にとっては衝撃的であろう事実をぶつけたのに、誰一人として顔色を変える者いなかった。




「ーーーー廣瀬君がそう言うだろうこと、実は想定していたんだ」




ーーーー顔色を変えさせられたのは、翔輝の言葉を聞いた僕だった。



「どうせボイスレコーダー使って脅しでもしたんでしょ、あたしへの手口と一緒ならね」



そう付け加えたのは、蘭童殿の件で一度揉めた真宵である。確かに僕は、蘭童殿への嫌がらせを止めさせるために真宵と一戦交えたことがある。真宵を屈服されるためとはいえ、かなり危ない橋を渡っていた。今は有耶無耶になっているが、立派な犯罪行為である。



成る程、やけに皆が落ち着いていると思ったが、僕が有罪である可能性を事前に話していたのか。僕の家に来る前に、随分と準備をしてきたらしい。



「廣瀬君は自由奔放だけど、自分のために悪さをする人じゃない。そうじゃなきゃ僕は、こんなに楽しい学校生活を送れるなんて思わなかった」



翔輝の言葉から、既に本件の犯人に目星が付いているということは理解できた。真宵の発言を受け、僕が奴らに対して行ったことも想像できたのであろう。



だから、普段おどおどしている翔輝は一切迷わなかった。




「だからはっきり言うよ。廣瀬君が犯罪者だろうと自慢の友達だ。君に支持して不幸が訪れるって言うなら、喜んで全部受け入れてやる」




周りの空気が一気に緩む。ただ一瞬、この時のためだけに皆で来たと言わんばかりに、翔輝の決意には皆の想いも乗っていた。



「別に脅した奴らの生活縛ってるわけでもないんでしょ? 堂々としてればいいのよいつもみたいに」

「向こうだって後ろめたいだろうし、明るみに出ない限りは放っておいていいんじゃない」

「私たちも周りから何言われようが気にしないから、それこそ雪矢君みたいにね」

「もし廣瀬先輩が何か言われたら言ってください、今度は私が守ってみせます!」



ここがベストと言わんばかりに、次々と思いの丈を語っていく。



ホントに、馬鹿ばっかりだ。こんなどこにでもいる一高校生なんて見限ればいいのに、大勢で押し掛けて、説得するように声掛けて。



それが嬉しいと思ってるんだから、僕が一番の大馬鹿野郎なんだけど。



「どうした雪矢、感動して泣きそうにでもなったか?」

「そんなわけあるか。言っとくがお前ら、僕を受け入れるってことは立派な共犯者だからな。警察に捕まっても僕は一切責任は取らないぞ、せいぜい覚悟しておけ」



脅しているつもりなのに、周りには笑顔が溢れてしまっている。その小さい子供を見るような温かい眼差しはやめなさい。



「ユッキー、1つだけ訊いてもいい?」



少しだけやり取りが落ち着くと、晴華が言いにくそうに声をかけてくる。



「なんだ?」

「その、ユッキーの中学時代について知りたいなあって思って」



穏やかな空気が、再び引き締まるのを肌で感じた。



「前から気になってたんだ。ユッキーが対人関係の少ない理由、中学時代のせいって何回か言ってたから。今でこそ友達でいてくれるけど、知り合った当初はずっとユッキー友達を否定してたし。もしかして、何かあったのかなって思って」

「ああ」



深刻そうに話すから何を切り出すのかと思いきや、過去について語ってほしいというだけだった。びっくりした、このタイミングで壺でも買わされるのかと思ったぞ。



「あの! 話したくなかったら話さなくてもいいの! ちょっと気になっただけって言うか!」

「いや、別に訊きたいなら話してもいいが」



肯定の旨を返すと、晴華は分かりやすく目を丸くした。



「い、いいの?」

「隠すようなことじゃないし。ただ、全く面白い話じゃないぞ。笑いどころも一切ないしな」



晴華の意図することは分かる。少し前の僕が、友人関係を避けていた経緯を知りたいのだろう。中学時代の話をすれば、対人関係の少なさを理解するのも容易である。



「ただ、条件が一つある」

「条件?」

「これから話す内容に同情も共感も禁止だ、そんなことされたくて話すわけじゃない。ただの知識として頭に入れると約束しろ」

「うん、分かった!」

「お前らもだぞ。一緒に聞きたいならそれが約束だ」



各々からの返答を受け、僕は頭を整理する。



中学時代ね。僕の根幹を作った忌わしい時期だが、そのおかげでコイツらと知り合えたかもしれない。



そう前向きに判断してから、僕は一つ一つ話を展開させていった。

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