第34話 予想の上

登校して早々、電車に揺られて帰宅した僕は、何をするでもなく自室のベッドに突っ伏していた。


こんな風に時間を無為に過ごすのは僕の流儀に反するのだが、一旦脳みそを休ませたかった。


電車を乗り換えた辺りであいつらから連絡が来て、僕が早退したことを知ったのだと悟る。大方僕を心配するようなメッセージだったので問題ないやら大丈夫やらと返信したが、美晴のものだけが返信できていない。



『雪矢君はどうしたいの?』



美晴らしい、全てを察して先読みしたかのような質問。僕が今日の事件を気にしていないと理解してくれてるからこその問いかけ。



それでいて、簡単に答えを出させてくれない嫌らしいものだった。



答えを出そうとすると、別の答えが濁流のようにやってきて飲み込み、それが何度も繰り返されて溺れてしまう。心地よさを求めるのも孤独を選ぶのも僕の根っこにある感情のため、答えを出すことができない。僕が今疲弊してしまっているのは、間違いなくこれが原因だ。



寝返りを打って白い天井に目を向ける。窓から入る光に目が眩んだため腕で覆う。



『カバン忘れてたから放課後届けに行くぞ』



雨竜からそんな連絡が来ていた。『机の上に置いとけ』と返答したが、既読は付いても返信はない。


あの馬鹿ともそれなりの付き合いだ、意地でもカバンを届けに僕の家を訪ねるだろう。それを口実に、僕の様子を見に来るはずだ。勉強合宿で僕がやらかしたときも何だかんだ僕を甘やかしてきた、今回も例外ではないだろう。


だから父さんには、「今日家に誰か来るかも」とだけ伝えておいた。黙っておいても良かったのだが、僕の友達が来てちゃんと持て成せなかったら父さんは自分を責めるので、それだけは避けたかったのである。変なこと言ってるでしょ、父さんのような聖人君子に対しての正解はこれなのだ。



父さんに人数を聞かれたから、「多分2、3人」と答えた。同じクラスの雨竜と出雲は来るとして、最近の様子を踏まえると晴華が着いてきてもおかしくない。だから多くて3人、父さんは「了解」と笑顔で答えて買い物に出て行った。早速おもてなしの準備を始めるのだろう、こういう気遣いの心を我が母親も学んで欲しい。ハムスターみたいにご飯を食べてる余裕あったら食器の後片付けくらい手伝え。



しかし父さん、何にも聞いて来ないよなぁ。



息子がこんな朝早く帰ってきても、「おかえり、今日は早いね」で何もなし。あたかも授業を受けて放課後に帰ってきたかのように接してくれる。


でもそれは、父さんが僕を信頼しているからだ。僕がただサボりたいという理由で家に帰るわけがないと信じてくれているから。


そして僕が本気で困ったら、僕が父さんに相談すると思ってくれているのだろう。これも正解、僕からすれば父さん以上に信頼できる人はいない。どうしようもない壁にぶつかることがあれば、間違いなく父さんを頼るに違いない。



ただこれは、自分自身で乗り越えなきゃいけない問題だ。父さんを頼るのはそれからである。



そう思いながら、僕の瞼はゆっくりと落ちていた。



ー※ー



「…………寝てたか」



疲労で油断してしまったのか、思考をやめて眠ってしまっていた。



「マジかよ」



スマホの時刻を見て驚く。『16:40』と表記されているということは、6時間ガッツリ睡眠していたということになる。そりゃ疲れてたけど、一日の睡眠時間を昼間で消費するのは贅沢すぎやしないだろうか。


よく見るといつの間にか布団がかけられている。父さんが僕を昼食に呼んだタイミングで対応してくれたのだろう、おかげでぐっすり眠りすぎてしまったのだが。



身体を伸ばしてベッドから下りる。顔を洗いに洗面所に行く前に、父さんのいるダイニングへ。



「おはようゆーくん、お昼食べる?」



平日に惰眠を貪ることなど気にする様子もなく、今日も今日とて都市一番の爽やかさを醸し出す我が父。よく考えたら僕、父さんの怒った姿って1回しか見たことないんだよな。一般のご家庭はどうか知らないが、廣瀬家ではこれが普通です。父さんが怒らない分、僕がしっかり怒ります。主に母親に。


「お昼はいいかな、もうそんな時間じゃないし」

「了解、明日のお父さんのお昼にするね」

「いい。明日の朝僕が食べるから出して」

「分かったよ」


父さんとのやり取りを済ませ顔を洗いに洗面所へ。


学校は終礼が終わって放課後の勉強時間に差し掛かっている、あいつらが来るとしたら1時間以上後だろう。特に準備をすることもない、何か質問されたとてただシンプルに返すだけだし。



「……あれ?」



顔を洗って多少頭が冴え始めたところで、違和感を覚えた。父さんとの会話に集中していたせいで流してしまっていたが、テーブルの上が賑やかになってた感じがしたような。



ダイニングに戻ると、テーブルの上がペットボトルのジュースに紙コップ、各種お菓子でいっぱいになっていた。どうやら僕は寝ぼけていて見落としていたらしい、これからパーティでもあるのだろうか。


「父さんこれ……」

「ほら、ゆーくんのお友達来るんだからおもてなししないと」

「いやいや! 量が多いよ! 朝2人か3人って言ったじゃん!」


この量、どう見ても3人用ではない。その倍以上の人数はもてなせるレベルである。


おかしい、量に関しては以前雨竜と翔輝が来たときに把握してくれてるはずなのに、それ以上に増えることがあるのか。父さんの性格を鑑みればあり得ない話ではないが、いくらなんでもやり過ぎである。


父さんがそんな凡ミスするわけないと思っていると、




「そうなの? さっき雨竜君からは9人で伺うって聞いたんだけど」

「へっ?」




ーー父さんの口から、おもてなし過剰事件の当事者の名前が暴かれる。



そして、その事実を整理する時間もないまま、何とも絶妙なタイミングで家のチャイムが鳴り響いた。



「あっ、来たのかな?」



父さんの声で我に返った僕は、急いで玄関へ向かう。移動している間に眠った頭を叩き起こす。



人数もおかしいが来る時間もおかしい、今は学校でお勉強している時間だろうが。9人で堂々と学校を脱出できるはずないし、後輩を巻き込んでやることじゃない、そもそもそんなことを許さない委員長さまがいる。だからあいつらのはずがない。



そう思いながらも、嫌な予感が消えないまま家の扉を開けると、




「よ、遊びに来たぞ問題児」

「……呼んでねえよ天才児」




他所行き完璧スマイルを浮かべた青八木雨竜と、その御一行8名が立っていたのであった。

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