第33話 in the school
陽嶺高校の1限が終わった頃、2年のオープンスペースには人集りができていた。
集まっている人間が有名人ばかりなので、すれ違う生徒たちは目を奪われてしまう。
ただ、当人たちの中に笑顔はなく、表情は真剣そのものだった。
「堀岡、首尾はどうだ?」
「特別教室やトイレの中も含めて全部取ったと思う。旧校舎は完璧に確認できたわけじゃないからもう1回確認しに行くけど」
「1年のクラスも全部張り紙は取りました! あいちゃんと一緒に確認してます!」
「バスケ部の先輩曰く、3年の教室には貼られてないらしいからめぼしいものは全部撤去できたかな」
オープンスペースのテーブルには、学校のそこたら中に貼られていた『廣瀬雪矢は犯罪者』の張り紙がまとまっている。朝礼時に教室に貼られていたものは撤去されているが、それ以外は彼らが学校を見回って撤去していた。
「青八木君、さっき雪矢にライン入れたけど、一応返ってきてる。『大丈夫』とだけ」
「あたしも一緒。朝の様子を見る限りだと、ホントに大丈夫だと思うんだけど、ミハちゃんは?」
「まだ返信ないね、すぐ返せる内容じゃないからしょうがないかな」
雪矢に連絡を入れた面々は、各々返信状況を報告する。様子を窺う連絡には、雪矢から漏れなく返信はきているようだった。
「酷いです、なんでこんな……」
テーブルの上の張り紙を見て、泣きそうになるあいちゃん。
今日学校に来て、生徒玄関でその光景を見たとき、衝撃で心臓が止まるかと思った。懇意にしている先輩の露骨なまでの誹謗中傷、そんなものを受け入れられるはずがなかった。
「こんなこと、悪ふざけで許されるものじゃない。学校まで巻き込んで、本当にふざけてる」
誰よりも怒りを見せていたのは、堀本翔輝だった。いつもより低い声で、実行犯に対する怒りを露わにする。
学校に着いて、真っ先に張り紙を外したのは彼だった。周りの目もくれずがむしゃらに動き回り、朝礼が始まる前に全て外し終えている。その勢いは、その他校舎に貼ってあるものを取るために、1限を無断で休んでいるほどだった。
「堀本、一応言っとくが」
「分かってるよ、勝手なことはしない。例え犯人に心当たりがあっても、廣瀬君の同意なしに動かない」
「分かってるならいいが」
「分かってるけど、納得はいってない。廣瀬君を気に入らなかったとしても、これは事実無根にも限度があるだろ……!」
雪矢を慕う翔輝にとって、許し難い出来事だった。彼の素行は確かに良くなかったが、ここまで一方的な言われ方をするほど酷くはない。少なくとも翔輝は、彼に救われたと言っても過言ではなかった。
「……事実無根かは、分かんないんじゃないの?」
あらぬ疑いをかけられ迷惑を被っている、そんな図式に疑問を投げたのは名取真宵だった。
「それって、どういう意味?」
珍しく翔輝が厳しい視線を真宵に向けるが、彼女は一切怯まない。
「そのままの意味よ。アイツが裏で何してるかなんて分からないじゃない」
「……いくら名取さんでも、それ以上言うなら怒るよ?」
「はあ、身内がこんな盲目で思考停止してたら廣瀬も浮かばれないわね」
やれやれと息を吐くと、真宵は覚悟を決めたように告げる。
「だってあたし、廣瀬に犯罪行為されたことあるし」
その場にいた全員の時間が止まる。それほどまでに、真宵の発言は常軌を逸していた。
「誤解される前に言っとくけど、あたしはそれを犯罪行為だなんて思ってないから、なんならアイツに感謝してるくらい。ただ、世間一般的に言うなら犯罪行為に該当するって話」
真宵の前置きに安堵を覚えつつも、各々の中にわだかまりが残る。真宵の言うことが確かなら、張り紙の内容は間違っていないことになる。
「それってもしかして……」
「そっ、あんたを助けるためにやったことね」
何か思い当たることがあったのか、真宵に問いかける空だったが、案の定だった。内容は分からないが、雪矢の行動は自分の為に行われたものと知り、複雑な心境になる。
「ちょっとちびっ子、暗い顔してるんじゃないわよ。悪いのは全部あたしなんだから」
「それは、そうかもですけど」
「あたしが言いたかったのは、こっちが犯罪だと思ってなくてもアイツがそう思って受け入れてる可能性があるってこと。だったら犯人の追及は薮蛇になるかもしれないって頭に入れておいた方がいい」
「……」
真宵の言葉で、翔輝は昔のことを思い出していた。
雪矢はかつて、自分のいじめていた2人と約束をしていた。
青八木雨竜より好成績を修めたら、自分への行動をやめるというもの。
半ば冗談のような流れで結ばれた約束だったが、夏休み後の実力試験で、雪矢はあっさり達成してしまう。
ただ、成績が発表されてすぐにイジメが止んだわけじゃない。
止んだのはその3日後、
翔輝はただ単純に、雨竜より好成績を修めた雪矢に感謝していたが、もしそれ以上の介入があったとしたら。
約束を守らない2人に対し雪矢が何かしていたとしたなら、その時間差も納得がいくものだった。
そして、翔輝の心当たりが、雪矢を犯罪者呼ばわりする理由も納得できてしまう。
「ちょっと、話がズレるんだけどさ」
そう切り出したのは、神代晴華。朝の影響もあってか、その目元は薄ら腫れていた。
「あたし、ずっと気になってることがあって」
「気になってること?」
「ユッキーさ、自分を卑下するとき、たまに中学のこと言うんだ。ユッキーが人を避けてきてた原点というか、今みたいに酷いことされても気にならなくなった理由とかが、そこにあるのかなって」
晴華は雪矢にフラれたとき、恋愛観について語っていた。その時、中学の時に人との関わりを避けてきたことを聞いた。先週アプローチしていたときも、『中学時代の経験の差』というフレーズを出していた。彼の人に対する極端な考え方は、中学時代に起因しているのかもしれない。
「……ちゃんと知りたいね、廣瀬君のこと」
朱里の呟きに、皆が首肯する。自分たちだって全てを友達に教えているわけではないが、それでも雪矢の謎に比べれば些細なものである。
何より彼らは、廣瀬雪矢を慕う人間として、彼のことをもっと知りたかった。
「いずれにせよ急いだ方がいいな。あの馬鹿のことだから俺たちに迷惑が掛かるとかで良からぬことを考えるかもしれない」
「良からぬことって?」
「しばらく距離を置くとか、最悪友達をやめるとか」
「そんなのダメだよ!」
真っ先に反論した晴華を、落ち着かせるように雨竜が言う。
「分かってる。でも時間が経つとあの頑固者の意見が固まってもおかしくない。早々に手を打つ必要がある」
「ど、どうするの?」
「どうするも何も、やることは1つだよ」
そう言って、雨竜はとあるバッグをテーブルの上に置いた。
「なんとここに雪矢のバッグがある。職員室からそのまま生徒玄関に向かったせいで忘れてしまったらしい。中には物理の問題集があった、今は試験期間中、届けてやるのが道理ってもんだろう」
そこまで言って、雨竜の口角が僅かに上がる。
「奇襲があいつだけのお家芸じゃないってところ、見せてやろう」
そこで初めて、オープンスペースに笑顔が舞い戻った。
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