第32話 望む世界

長谷川先生とのやり取りを終えた後、僕はそのまま生徒玄関を出て学校を後にした。朝礼の時間だからか、生徒と出くわすことはなかった。


驚いたのは、生徒玄関の張り紙が既に撤去されていたことである。僕が気付いてから30分程度しか経っていないのだが、教師というのはそれなりに対応が早いようだ。まあ、あんなの放置して外部に知られようものならちょっとしたニュースになりかねんからな、当然とも言えるが。


学校にカバンを置きっ放しにしているが、スマホと財布はポケットに入れたままだったので特に問題はない。一応体調不良ということになっているので、真っ直ぐ家に帰ることにする。


スマホを見たが誰からも連絡はない。僕が教室に戻ってからいろいろ追及するつもりだったのだろう、僕が帰ったことを知れば一気に連絡が来るかもしれない。



……連絡が来なくても、それはそれでいい……かもしれない。



電車に揺られながら、そんなことを思う。



翔輝の件で馬鹿2人を脅したとき、僕は無敵だった。何を言われても言いくるめられる自信はあったし、何より失うものがなかった。豪林寺先輩についてはその頃からほとんど学校にはいらしてなかったので、最悪僕が関わらないようにすれば問題がなかった。



だが今はどうだろう。僕にとって大したことない事件でも、心配をかけている友人が4人もいる。その中の1人は、僕なんかのために泣いてくれてまでいた。



僕と関わっているせいで、本来あるはずのない余計な心労をかけている。僕みたいにあっけらかんとしてくれればいいのだが、あいつらみんな良い奴らなのだ、気にするなと言っても気にするお人好し連中なのだ。



しかしながら、それは僕にとって好ましくない。僕を攻撃するような出来事なんてこれから何回発生するか分からない。それだけのことをこの学校生活を通してやってきているのだ。その度にあいつらに迷惑をかけるのは僕の望むところではない。



『お前らは、自分たちが少数派だって理解しろ。この学校基準で考えるなら、それが全てだ。もしそれで納得いかないなら――――』



僕が晴華に何を言おうとしたか、今なら容易に分かる。



僕は晴華に、正確に言うならあいつらに、友達をやめるべきだと言おうとした。



だってそうだろ、こんなふうにいちいち傷つかれちゃこちらとしても堪ったものじゃない。僕という人間を理解して接してくれないなら、僕と一緒にいるべきではない。



それだけじゃない。



今日の出来事で、僕のことを犯罪者だと思う生徒は少なからずいるだろう。教師がどういう対応を取るか分からないが、僕から積極的に否定するつもりがない以上、疑念自体は残り続けるだろう。



そうなると、あいつらは『犯罪者の関係者』というレッテルを貼られることになる。僕と関わっているというだけで、僕以上に理不尽な評価をされてしまう可能性がある。そんなこと、許されていいはずがない。



僕は、吊革を強く握る。



いいじゃないか別に、昔に戻るだけだ。中学時代3年間、ずっとそうだった。友達なんてクソ食らえって生きてきた時間が僕にはある、その時に戻るだけ。実際今、あいつらとの関係性を面倒だと思っている僕がいる。そうでなきゃ、晴華に対してあんなことを言おうとはしなかったはずだ。



そうすれば僕が望む平穏な生活がやってくる。あいつらだって僕のことをいちいち心配して疲れるようなこともなくなる。互いにとっていいはず、これでいいはずなんだ。




――――でも、




「……それは、嫌だな……」




――どんなに理屈を並べても、今の感情を捨て去ることはできない。



だからこんなにも苦しく、答えが出ない。



今更、スマホを知らない時代に戻ることなど、僕にはできそうになかった。

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