第31話 譲れないもの
「ったく、誰だこのクソ忙しい時期に面倒くさいことしやがる奴は」
生徒指導室に着くと、長谷川先生はボヤきながら椅子に座る。
倣うように対面に座ると、先程までの真剣な表情はどこへやら、口元を緩めて僕を見る。
「一応言っとくが、指導するわけじゃないからな。俺に指導なんてできるわけないし」
サラッと結構な問題発言をしているが、この人を担任に据えたのは誰なんでしょうね。僕としてはいろんな意味で助かってるのでいいのだが。
「で、犯人に心当たりはあるか?」
「ないですね、心当たりが多過ぎて絞れません」
「成る程、2人組ならどうだ?」
「それでも絞り難いですが、どうして2人組?」
「外の防犯カメラで、20時頃に男子生徒2人の姿を確認できたらしい。特定までには至らなかったが、どうやら校舎の窓をあらかじめ開けて出入りしたようだ」
長谷川先生の話を聞きながら、本当に用意周到に実施されたのだと確信する。とはいえ防犯カメラに映っていたというのは凡人らしいミスだと思うが。
「流石に内容が過激過ぎてな、教師陣からSNSへの拡散はしないよう指導が入る。学校の信用問題もそうだが、お前のプライバシーもあるからな」
「名前くらいで気にしませんが、顔映ってるわけでもないし」
「アホ、世の中の暇人はそこから詳細を幾らでも洗い出すんだよ。住所バレて父に迷惑かかってもいいのか?」
「それは困ります」
僕がノーダメージでも、父さんが心を痛めるんじゃ何の意味もない。学校の体裁を守りたいのが指導の主だろうが、一応感謝することにする。
「それと最後にもう一つ」
長谷川先生はわざわざ一呼吸置いてから、再度僕に目を向ける。
「張り紙の内容に、心当たりはあるか?」
張り紙の内容というのは、つまるところ『犯罪者』という言葉のことだろう。
一瞬、なんて返すべきかと思考を巡らせたが、考えを改めた。
「ありますね」
回りくどいことを言っても意味がない。どれだけ理由を並べようとも、結論は変わらないのだから。
「あるかー、お前なら謂れない悪意をぶつけられている可能性があると思ったんだが」
「逆ですね。僕から先に仕掛けたから今日のことがあるんだと思います」
「ちなみにだが、やった内容は?」
「ボイスレコーダーで盗聴して、それ使って脅しました。犯人がそいつらとは限りませんが」
「なんでまたそんなことを」
「向こうから吹っかけてきた約束を守ってくれなかったもんで、念のため盗聴してたら役に立ったという感じです」
「……成る程な」
訊かれた内容に答えると、長谷川先生は一応納得はしてくれているように見えた。少なくとも、愉快犯のように悪さを図った訳ではないことは伝わってほしい。
「そのボイスレコーダーはまだあるのか?」
「勿論、家に保管してあります」
「例えば、その音源を消してほしいと言われたら」
「絶対に嫌です」
「仮にお前の行動を不問にするとしたら?」
「くどいですね、そうだとしても有り得ません。僕が高校を卒業するまでは、何があろうと譲りません」
あのレコーダーは、翔輝の未来を守るためのものだ。
ずっと苦労してきた生活から一変し、恋人もできて、ようやく幸せへの道を歩み始めたんだ。
それを脅かすようなこと、僕は絶対に許さない。
「だよな、お前はそういう奴だよ」
断固として譲らない僕を、先生は嬉しそうに笑う。
「その約束とやら、お前じゃなくて友達を守るものだろう?」
「いえ、そういうわけじゃ。自分が勝手にそうしただけで」
「ホント、なんでそんなに捻くれてるんだか。まあそんなお前だから青八木も御園も放っておけないんだろうな」
「買い被りです。僕はそんなに立派な人間じゃ」
「誰が立派だって言ったよ、俺の授業を散々遅刻しおって」
「偶然って怖いですね、たまたま遅刻した授業が全部先生の授業だったなんて」
「んなわけあるか。まあ、お前は物理化学どっちも点数取れるから別にいいんだが」
衝撃発言だった。随分遅刻してる割に生活態度に影響してなかったの、長谷川先生がカウントしてなかったかららしい。
「義務教育じゃないんだ、本来授業態度なんて考慮に入れるべきじゃない。結果さえ伴えばそれでいいと思うんだが、学校は集団活動の場、足並みを揃えることも大切になる」
「まあそうでしょうね」
「とはいえ反面教師という言葉もある、悪さして叱られる奴がいないと善悪の境界線が分からなくなるからな」
「だったら僕を叱らなくちゃいけないのでは?」
「嫌だよ疲れるし。お前を叱るのは他の先生に任せる」
無茶苦茶である。理想論と本音が混ざって何が言いたいのか全然分からない。
よく考えたら、遅刻の言い訳をぶつける以外、先生と長く話したのは初めてかもしれない。
話してみて分かったのは、普段の先生とあんまり変わらないということだけだが。
「それで廣瀬、今日どうする? 休むか?」
話の終わりを示すかのように、長谷川先生は立ちながら言った。
「いいんですか?」
「お前が悪いわけじゃないが、渦中の人間がいたら冷めるほとぼりも冷めないだろ。お前は目立ちたいタイプじゃないし。……勝手に目立ってるが」
「目立ってるつもりはないですが、休みは助かります」
この事件を気にしていないとはいえ、好奇の目線を向けられるのはゴメンである。無駄な追及を避ける意味でも、僕は学校にいるべきではない。
「あと、友達には連絡入れとけよ。こんな騒動の後で休むんじゃ絶対に心配するだろうし」
「……そうですね」
長谷川先生の忠告に曖昧にしか返せない僕。
先生の言うとおり、あいつらに心配をかけたくないという気持ちはある。実際何もダメージを負ってないし。
でも、今朝会った4人の顔を忘れられない。
平然とする僕を、とても信じられないといった目で見る4人の表情を。
それはまるで、初めて異文化に触れるような、理解できないものに直面するようなものに感じられ。
僕は、自分を心配してくれているであろうあいつらに、何と返すべきか分からないでいた。
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