第30話 少数派
梅雨と母さんといろんな意味で戦った翌日、僕は学校へ行く。
最近はいつもより早く学校に着くのが習慣になっている。朱里との密談や晴華のスキンシップ回避などいろいろ理由はあったが、試験勉強に取り組むようになったことが大きいだろう。元々朝は父さんの手伝いをするために早く起きていたのでそれほど苦でもないしな。
今日から雨竜支配下クラス訪問はなくなるわけだし、試験に向けて物理化学を仕上げていくぞ。
そんな決意を胸に校門を抜け生徒玄関の方へ向かうと、少しだけ人が密集していることに気付いた。
僕より早く学校に来る生徒は少なからずいるが、こんなに時間が重なって登校しているのを見るのは初めてだ。
そう思ったが、しばらくして外から見ても様子がおかしいのが分かった。
何故か、靴を履き替えて玄関を離れようとしない。あちらこちらと視線を向けて、困惑しているように見えた。
何があったのかと玄関の扉を開けたとき、その光景が眼前に広がっていた。
『廣 瀬 雪 矢 は 犯 罪 者』
そう書かれた張り紙が、生徒玄関の壁面そこたら中に貼られていた。
僕を認識した周りが、よそよそしく靴を履き替えこの場を去って行く。先程まで混雑していたとは思えない程に人の波が消える。
……成る程、そう来たか。
僕は靴を履き替えてから学校へ入る。張り紙は廊下には貼られていないが、掲示板部分には埋め尽くされていた。1階から特別教室含めて中の様子を探ったが、どの教室にも張り紙は貼られている。男子トイレの個室にも貼られており、その徹底ぶりには感服するほどである。
誰もいない2ーBクラスに入って、張り紙に囲まれながら自分の席に着く。
犯罪者、このフレーズを意図して書いた人間がいるのだとしたら、心当たりは3人。
僕が、ボイスレコーダーを使って脅したことのある人間だ。
盗聴事態は犯罪にならないことが多いが、盗聴を利用して脅す行為は立派な犯罪、この学校でそうしたのは3人。
そのうちの1人は真宵だから除外するとして、残り2人はあいつら。
ただ、僕を嫌っている生徒が当てずっぽうで書いたというなら絞りようがない。状況証拠だけで犯人を見つけるのは難しいだろう。
それにこの犯行は、かなり綿密に計画を練られたものである。
これだけ大々的な行動、僕ら生徒がいなくなってから行ったものだろう。しかも職員室にいる教師にはバレにくい場所を狙って張り紙は貼られている。
そして、これはさすがに偶然だと思うが、僕が雨竜の推薦人として全学年を回った後の犯行である。おかげさまで、噂や体育祭で僕を認識していない生徒にも廣瀬雪矢が一発で分かるという状況だ。
ここで僕が張り紙に怒り、教師を使って犯人を特定したとして、何故そうしたか原因を追及することになるだろう。それは僕にとって良いことではない、つまるところ犯人が誰であろうと泣き寝入りするしかない。僕が強く否定しなければ周りは僕を犯罪者だと思う。
天晴れだ。ここまで論理的に考えたか知らないが、僕に復讐したい奴らの犯行だというなら、間違いなく成功している。とはいえ、これだけ大がかりなことをして、誰にもバレないというのは難しそうではあるが。
「ユッキー!!」
一人納得をして立ち上がったところで、息を切らした晴華が勢いよく教室に入ってきた。
「晴華……はあ、あんた早すぎ……!」
少ししてから、さらに辛そうな出雲も現れる。共通して言えるのは、2人して今まで見たことないくらい深刻な表情をしているということ。
「玄関の、というか教室の! いっぱい貼ってあって、それで!」
「落ち着け、言わなくても分かる。てかここにも貼ってあるだろ?」
僕は一番近くに貼ってあった張り紙を取りながら言う。
「悪いがCクラスの張り紙剥がすの手伝ってもらっていいか? こんなの見ながら授業受けるのも気分悪いだろうし」
「えっ……?」
「ったく、僕が嫌いなのは分かったが、明らかに紙の無駄遣いだろ。裏紙計算用紙にして使ったろ」
物理も化学も試験範囲に計算がしっかり絡んでて良かった。暗記ばっかりだったら紙の減りようがないからな。とはいえあの量をここ数日で使い切るというのは無理だと思うが。
「ちょっと! ちょっと待ってよユッキー!!」
隣のクラスにも聞こえそうな声を浴びて、僕は発信源へ視線を向けた。
晴華が、涙をポロポロと零しながら、僕を見つめていた。
「なんで、なんでユッキーはそんなに
最後は振り絞るように声を出し、顔を覆う晴華。その場にいた出雲も、後から合流したと思われる美晴と朱里も似たような表情をしていた。
いやいや、ちょっと待ってはこっちの台詞だ。
一体皆、
もしかして今、僕を悼む状況だと思っているのだろうか、だとしたらそれは大きな勘違いである。
「晴華、僕のことを心配するなら泣き止め。泣かれる方が僕は困る」
「ご、ごめん……!」
「後1つ、なんでそんなに普通か訊いてきたから答えてやる」
晴華だけでなく、出雲たちギャラリーにも聞こえるようにはっきり言った。
「
「そんな、そんな」
「お前らは、自分たちが少数派だって理解しろ。この学校基準で考えるなら、それが全てだ。もしそれで納得いかないなら――――」
「雪矢くん!!」
耳元で叫ばれたのかと思うくらいに、急に張り出された声。
その声の主が美晴だと気付くのに、数秒掛かった。そう思わせるくらいに、彼女に似つかわしくない音量だった。
「雪矢君の言いたいことは分かったから。だから、それ以上は言わないで欲しい。絶対に言わないで欲しい」
振り絞るような美晴の主張を聞いて、僕は反射的に口を隠す。
僕は今、何を言おうとした? 見当違いとはいえ、僕のために泣いてくれている晴華に何を言おうとしたんだ。
「廣瀬」
頭がぐちゃぐちゃに混乱したタイミング現れたのは長谷川先生だった。彼女たち同様、いつものようなお気楽さはなく、真面目な面持ちでこちらを見つめている。
「生徒指導室に来てくれ。いろいろ聞き取りしたい」
「……分かりました」
「御園、悪いが朝礼の進行を頼む。先生が間に合えばこっちでやるが」
「は、はい」
廊下に出る長谷川先生へ続くように廊下へ出る僕。やり取りする僕らに遠慮して、Bクラスの連中が教室前にたむろしていた。彼らがどんな思いで僕を見ているか分からない、そこまで交流していないツケが出ている。
そして何より、教室を出る前に、僕を心配してくれている4人の顔を見ることができなかった。
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