第28話 性的ご指導

「ゆーくんお帰り」

「ただい……」

「雪矢さん、遅いじゃないですか」

「……ま」


生徒会選挙活動と試験勉強でくたくたになりながら家に帰ると、さも当たり前のように父さんと台所に入っている梅雨の姿があった。


「……何をしてるんだお前は?」

「見て分かりません? お夕食のお手伝いをしてるんです」


そんなもん見れば分かる。僕が訊きたいのはどういう理由でここにいるかである。


「梅雨ちゃんありがとう、せっかくだから夕食振る舞えればいいんだけど」

「いえいえ、帰ったら家で出ますから。お父さまの料理の味見をさせていただいただけで満足です」

「そう言ってもらえると助かるよ」


父さんと楽しげに会話をしてから手を洗い、僕の居るリビングへやってくる梅雨。先に制服を着替えたかったが、腕白お嬢さんの事情を聞き取る方が優先だ。


「で、何の用だ?」

「むう、用がなきゃ来ちゃいけないんですか?」


梅雨は頬を膨らませて反論する。


「お前が受験生でなかったらな」

「雪矢さんそればっかり! 前会ったのいつだと思ってるんですか!?」

「体育祭の時だからな、10日振りか?」

「大変危険な状況です、後3日遅れてたらわたしはどうなっていたことやら」


えっ、どうなってたの? 凄く深刻な表情をしているが、大したことじゃないのは目に見えている。そりゃ会ってはいないがラインも電話もしているし、そんなに期間が空いたという気はしないのだが。


「それに雪矢さん、どうやら女生徒をたくさん侍らせているようですね」


そして唐突に、梅雨の視線が鋭くなる。


「名取さんに神代さん、月影さんと桐田さん、そして堀本さん。しかも人前で堂々と見せびらかしているようじゃないですか、人が受験勉強に身を粉にしているというのに」


色々と語弊があるが、どうやら雨竜から直近の僕の状況を聞いているようだ。美晴と朱里のときはともかく、他3人の時はオープンスペースで勉強せざるを得ない状況だったわけだが、それを言ったところで梅雨は納得しないだろう。後一応触れるが、最後の1人は女子ではない。


「ズルいじゃないですか、わたしとも一緒に勉強してください」


と、予想していた通りの結論を紡ぐ梅雨。こんな風に拗ねる梅雨が可愛くないと言えば嘘になるが、僕の家まで来るという非効率さに溜息を禁じ得ない。


「ビデオ通話じゃダメだったのか?」


僕は時々、梅雨の要望でビデオ通話をしながら作業をすることがあった。正直推奨していないが、それで梅雨が勉強を頑張れるというので付き合っているのである。


移動のことも考えたら今回もそれでいいのではと思ったが、梅雨は断固として首を縦に振らなかった。



「直接会う以上の治療法なんてありません」



そう言われてしまうとこちらとしては何も言い返せなくなってしまう。確かに学校の連中と違って梅雨はアクションを起こさなくては僕と会うこともできないのだ。彼女の気持ちを知っている身として、これ以上説教染みたことは言う気になれない。とはいえ、何にも言わずに家に来たのは反省ポイントだ。


僕は軽く梅雨の頭にチョップしてから、リビングの外を指す。



「少しだけだぞ、もう外も暗いんだし」



そう言うと、梅雨はパァッと花を咲かせるように笑った。



「はい! これだから雪矢さん大好きです!」

「ちょ、引っ付くな馬鹿!」



感極まったのか、横から僕に抱きついてくる梅雨。僕の部屋に行くって言ってるのにどうして動けなくするんだこのお嬢さんは。


「あはは、仲よしさんだね2人とも」

「はい! 仲よしさんです!」


ちょっと父さん? これ仲よしさんで済む状況? 僕のようなダイヤモンド理性だからこそ事なきを得ているが、一般モブなんかにしようもんなら一瞬でアルファベット18番目の指定が入ってしまうぞ。そんなニコニコしながら見てられる状況じゃないからね本来。


だが笑顔の父さんを曇らせないのが息子の鑑である僕の務め。半ば引きずるような形で梅雨とリビングを出る。


「そういえば雪矢さん、結局神代さんのおっぱい触ってないんですね」


階段を上がっていると、未だに腕から離れない梅雨が嬉しそうに言ってきた。


「お前ら、そんな話までしてるのか?」


前に晴華を家まで送っていた途中で通話していたときは、その話は出ていなかった。つまるところその後に、梅雨と晴華が個人的にそういう話をしたんだろうが、そんなデリケートな話までしていると思わなかった。


「わたしから訊いたんです。二人三脚棄権してたけどどうなったのかなって。そしたら騎馬戦のご褒美でチャンスあったのにしなかったって神代さんが言ってました。その時のお願いがホントに嬉しくて、雪矢さんのことを好きだって自覚したみたいですね。具体的に何かは教えてもらえませんでしたが」


成る程、真っ正面から切り込んだのかこの子は。しかし、髪を解いた時の話は梅雨にしていないとなると、こちらからも余計なことは言わない方がいいだろう。晴華にとって秘めておきたい思い出なのかも知れない。


「……まったく。雪矢さんはエッチなこと言うくせに、実行せずにカッコいいことしちゃうからみんな絆されちゃうんです。まあそういうところも素敵なわけですが」


怒りたいのか褒めたいのか、梅雨の感情の変化は複雑だった。とはいえ、僕の腕を抱く力が少し強くなったのは間違いないが。



「……ん。もしかして必要以上にくっついてくる理由って」

「あっ、気付きました? 神代さんに何もしなかった雪矢さんにわたしからのご褒美です!」



そういうことかい。あんまり意識しないようにしていたが行動も感触も露骨だからな。天然なのか策士なのか分からないが、男を知らない箱入り娘には現実を教えてやらなければなるまい。



「梅雨、一応言っとくが男子高校生の性欲を舐めない方がいいぞ」

「えっ?」

「むしろこういうのは逆効果だ、悶々だけして却って毒になる」



勿論行為そのものが嬉しくないわけではないのだが、押しつけられた後に男たちはどうするの、ナニするの、という話なのだ。女子たちには分からないかもしれないが中途半端は一番良くない、それなら何もない方が良い。……それは言い過ぎた、多少のラッキーはあった方が良いですはい。



「そ、そうなんですか……」



そう言いながら、梅雨は僕からゆっくり離れる。階段を上がり終えた丁度いいタイミング、桃色タイムも悪くないがここからは真面目に勉強タイムだ。


「……梅雨?」


扉の開けて僕の部屋に入ろうとしたが、梅雨が廊下に佇んだまま入ってこない。


「その、雪矢さん……」

「どうした?」

「さっきの話からするに、わたしの行動はご褒美にはなってなかったってことでしょうか?」

「そんなことはないが、逆効果になるから気を付けてくれって話だ。分かったら勉強――――」

「そうですよね、押しつけるだけなんて、自己満足もいいところですもんね……」


あれ? そういう話になるのか?


まあこれを機に梅雨の行動が自粛されるなら言うことはないのだが、その辺りは理解してくれたのだろうか。


そう思って梅雨を見たのだが、彼女は顔を真っ赤に染めながら、潤んだ瞳を左右に震わせて、軽く自身を抱きしめた。



「じゃ、じゃあ……触りますか……? わたしの胸……」



僕は思いきり梅雨の脳天に鉄槌を下した。



「いたっ!! 雪矢さん本気でチョップしました!?」

「当たり前だこの危機感0娘が! 男の部屋に2人きりになる直前でなんてこと言ってやがる!?」

「だ、だって! 結局雪矢さんにご褒美あげられてないですし!」

「僕がいつご褒美を欲しいって言った!?」

「言ってません! わたしがあげたいだけです!」

「だったらもっと健全なものをチョイスせんか!」

「最初に神代さんにおっぱい要望したのは雪矢さんじゃないですか!?」

「晴華とお前じゃ要求するものが違うんだよ!」

「何ですかそれ! わたしのおっぱいじゃ満足できないって言ってるんですか!?」

「落ち着け! そもそも誰かのおっぱいで満足した記憶はない!」

「だったら今日がその時です! わたしが今どれだけ勇気を振り絞って言ったと……!」

「だからそれが間違ってるって言ってるんだよ!」

「間違ってないもん!!」



おい雨竜、早くこの天然爆弾の解除をしてくれ。強力すぎて僕じゃ手に負えん。

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