第26話 対価
「なあ後輩、ホントにこの場が必要だと思うか?」
「えっと」
「正直に言っていいぞ、あなたの顔なんてとっくに知ってますって。というか試験勉強時間削られて迷惑ですって」
「いやでも、生徒会活動も大事だと思うので」
「大事じゃない大事じゃない。あいつは頑張ってる姿を教師に見せたいだけ。じゃなきゃ信任投票でここまで頑張る意味ないだろ?」
「信任投票だからこそ地盤を固めたいということなのかも」
「後輩、君はもっと人を疑うことを覚えるべきだ。あいつは票さえ稼げれば何だってする悪魔――――」
そこまで言って、後頭部に強い衝撃が走った。
「いったぁ!? 何すんだこのスカタン!」
「それはこっちの台詞だ。一体どこに立候補者を蹴落とす推薦人がいるんだ」
一番前の生徒と楽しくお喋りをしていたのに、邪魔をしてきたのは教壇で演説しているはずの雨竜だった。
「皆さん見ました? 暴力ですよ暴力、これから学生のトップに立とうっていう人間がパンチですよ? これは問題じゃないかなぁ」
「大丈夫です皆さん。これから彼は自主退学するので関係ありません!」
「部外者でも殴っちゃダメなんだよ!?」
僕と雨竜のやり取りに教室の中が沸く。こんなアホみたいな会話が台本通りだと分かったらびっくりするだろうな。
ちなみに考えたのは雨竜。雨竜の悪口ばっかり言う僕をわざとらしく怒り、コントのように持って行くという展開。生徒会に固っ苦しいイメージを持たせないよう、むしろ面白そうだと後輩たちが思えるように配慮した結果、僕は3度も雨竜に殴られることになった。
これ、どの教室でも盛り上がってたけど、そんなに面白いっすか? 僕、そろそろ頭が限界なんですが。精神的にでなく物理的に。
とはいえ奴隷に成り下がった僕に選択肢など到底与えられるわけもなく、道化を演じることしかできなかった。
そして僕は、2年と3年を訪問する際は別案を提示することを心に決めたのであった。
―*―
放課後奴隷活動を終えた僕は、図書室で読書、ではなく、オープンスペースで問題集を開いていた。
オープンスペースというのは、廊下の一部にある他クラスとの交流空間で、机や椅子などが置かれている。試験期間中にここを使うのはグレーな部分があるが、生徒同士が一緒に勉強をしているのであれば教師陣もスルーするらしい。勿論騒がしくすれば教室内まで響くので注意されるのだが。
今回僕がここにいるのは、『勉強を教えろ』とラインがきたからである。僕に教えられることなどたかが知れているが、物理化学を教わりたいようなので了承した。
しかしながら、依頼してきた側が遅れるってどういうことなのだろうか。何なら僕、さっきまで1年の教室に居たんだけど。オープンスペースに1人でいるって落ち着かないからさっさと来いや。
「おっ、先に居るわね。感心感心」
僕の呪いが通じたのか、僕に勉強を教わりたいと言った張本人――――名取真宵がようやく僕の前に現れた。明らかに遅い登場なのだが、悪びれる様子はまるでない。
「何か言うことがあるんじゃないか?」
物理と化学を教える前に、道徳を教えるべきだと判断した僕は、偉そうに腕を組む真宵に問うてみた。
遅刻常習犯の僕が人に説教できる立場かって? 失礼な、僕が遅刻するのは長谷川先生の授業だけだ。
そういうわけでこちらも腕を組みながら真面目な表情で真宵を見ていたのだが、
「ああ、ブラの色? 今日は情熱のレッドよ」
真面目な顔してまったく見当違いの返答がきた。
「一応訊くが、どうしてブラの色?」
「勉強教える対価が欲しいって話でしょ? だから男子の主菜を提供したんだけど」
「ふざけるな、その程度で男子の主菜になると思うな。副菜が限界だ」
「欲張りな男ね、だったらショーツの色も教えればいいわけ?」
「待て、それは支払い過ぎだ。物理化学程度で釣り合うわけがない」
「成る程。じゃあブラとショーツが同じ色か違う色か教えてあげる」
「絶妙なラインだな、交渉成立だ」
僕は立ち上がり、真宵と握手を交わす。お互いの表情が晴れやかになっているが、そもそも何の話だっけこれ。
「ちなみにだけど違う色だから」
「だろうな、じゃなきゃショーツの色を言ってるも同然だし」
「せいぜい妄想の材料にすることね、下着の上下が揃っていないシチュエーションも踏まえて」
「おいおい、ストーリーが広がるじゃねえか」
冒頭の挨拶を終え、椅子に座る僕と真宵。勉強する前に何かを教えてやるつもりだったが記憶から飛んでしまった、下着のインパクトってすごいね。
まあいい。対価をもらった以上仕事はせねばなるまい。人に教えれば自分の吸収にも繋がるし、悪いことではないだろう。
「そういえば、なんで雨竜に聞かないんだ?」
勉強合宿のときは蘭童殿に負けじと質問しまくっていたはずだ。今回だって同じように攻めれば良いと思うんだが、心境の変化でもあったのだろうか。
「ちょっと変化球を投げようと思って。青八木に教えてもらって成績上がっても意外性ないでしょ?」
「そりゃそうだが」
「でも、青八木が関わってないところで頑張って成績伸ばしたらあいつもびっくりするかなって、そういう攻め方は弱い?」
「僕は嫌いじゃないな、何より意表が突けそうだ」
「そういうわけだからちゃんと教えなさいよ、あのちびっ子を出し抜いてやるんだから」
勉強が苦手な真宵が、雨竜を攻めるために、蘭童殿を出し抜くために、自分のレベルアップに努めている。こういう様子を見ると、先ほどの生徒会長の言葉は本当に的を射ていると感心させられる。努力っていうのは他人の評価だけじゃなく、自分への自信も与えてくれるんだと。
「ああ! ユッキーこんなところにいた!」
さてこれから勉強を始めようといったタイミングで、瞬間風速都度更新ガールこと神代晴華が登場した。今試験勉強時間なんだけど、なんで普通に歩き回ってるの?
「ユッキーはいつになったらスマホ見る習慣ができるの? 勉強教えてってラインしたのに無視するし」
「いや、そんなライン見覚えないが。いつ送ったんだ?」
「10分くらい前?」
残念ながら雨竜の奴隷に勤しんでいた時間である。見ていなくても無理はない、全て雨竜が悪いのだ。僕は可哀想な被害者。
「ちなみに科目は?」
「勿論物理と化学だよ!」
何が勿論か分からないが、僕が手伝える領分らしい。
まあ教えるなら1人も2人も変わらないし、このまま3人で勉強すればいいのか?
そう思って最初に声を掛けてきた真宵に視線を向けたのだが、彼女は厳しい目付きで晴華を見ていた。
「神代、ここで勉強したいなら条件がある」
「条件……?」
いつになく真剣な眼差しを見せる真宵にたじろぐ晴華。
真宵としてはもともと1対1で教わる予定だったのだ。つまるところ条件は、質問するタイミングが被ったら真宵に優先権がある、といったところか。
まあそれくらいは当然だろうと思っていたのだが、
「ブラの色を答えなさい」
問題文のような質問を聞いて、真宵の言いたいことが分かってしまった。
「えっ、な、なんで?」
「対価よ。廣瀬に勉強を教わる対価」
そうだ。自分だけ対価を払っておいて晴華が払わないのはおかしい。言ってることは間違っていないのだが、言ってる内容が少々晴華には荷が重い気がする。ただでさえ、顔が紅く染まっているというのに。
「当然あたしは支払い済みよ、教わるんだから当然よね」
その台詞、夏休みに会ったときのお前に聞かせてやりたいな。
「それって、ユッキーが言ったの?」
「そうよ」
ねつ造するな。ショーツはともかくブラの色はお前が勝手に言ったんだろ、こっちは完全にもらいブラだ。
「ゆ、ユッキー……」
泣きそうな潤んだ目で僕を見る晴華。ちょっと待て、今の真宵の言葉を信じたんじゃあるまいな。僕と真宵、信じる方なんて一目瞭然だよな? 客観的に見たら五分五分が過ぎるわ。
「それはまだ早すぎるよ~!」
謎の言葉を残してから、逃げるようにこの場を去っていく晴華。真宵よりもプロポーションが良いのに、こういった耐性がないのは本当にアンバランスだ。そこがあいつの可愛らしいところでもあるわけだが。
「……たく、ここはお子様が来るところじゃないのよ」
じゃあ誰が来るところなんだよ。
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