第25話 レベルアップ
「なーんだもう、告白じゃないならそう言ってくれれば良かったのに」
僕からの否定の言葉で大層沈んだ藤宮先輩だったが、勘違いを解くとあっさり機嫌を取り戻した。
……まあ、僕が誤解を解く暇もなく進行していったんですけどね。
「しかし私に質問するなんて分かってるね、こう見えて恋多き乙女ですから!」
「あの、一応言っときますけど、俳優とかアイドルは恋の内に入れないでくださいね?」
「分かってるよ!? 廣瀬君、私のこと馬鹿にしてない!?」
「はい、馬鹿だと思ってます」
「そこ否定するところ!」
今度こそまともな話を聞きたいのだが、見た目のせいか性格のせいかどうも良い情報を得られる気がしない。
「ふんだ。そんなこと言うなら廣瀬君には何も話してあげないんだから!」
「分かりました。では今日はこの辺で」
「諦めないでよ! もっと言葉の駆け引きしていこうよ!」
「先輩はどうしたいんですか?」
「後輩に頼られたいから話したい」
「じゃあ聞いてあげますから話してください」
「やったー! 廣瀬君ありがとう!」
そしていつの間にか僕が主導権を握っている状況に。この先輩、チョロ過ぎやしないだろうか。
「というか先輩、そもそも恋愛経験あるんですか?」
「失礼だね、これまで3人と付き合った経験がある私に対して!」
「えっ」
驚いた。このお気楽能天気そうな先輩にそこまでの恋愛経験があったとは。正直恋愛に勤しむタイプには見えなかったが。
「でも今好きな人がいないってことは恋人がいないわけで、既に3回フラれてるってことですか?」
「そうなの! 3人とも自分から告白してきたくせに、付き合って1週間くらいで友達に戻りたいって、私の気持ちはどこに向ければ良いんだよこん畜生!」
冗談半分って言ったことだったが、本当に3回ともフラれていた。しかも告白された相手に1週間って、本人からすれば罰ゲームを疑うレベルだ。
そうでないなら、3回も異性から告白されているわけで、普通にモテていることになる。見た目は可愛らしいし性格も社交的で明るいことを考えればおかしくないのだが、どうしてそんなあっさりフラれるのか。
「付き合った瞬間性格が変わったとか? 接し方が変わったみたいな」
恋人を特別扱いして、今までと付き合い方を変える人がいると聞いたことがある。それを良いと感じる人もいれば、今までと違って嫌と感じる人もいる。
結局相性の問題になるのだが、先輩は相手に恵まれていなかったのか。
「違うよ逆、今までと変わらなかったからダメなんだって!」
――――それは、少し考えれば分かる選択肢の1つなのに、僕がまったく思い付かなかったものだった。
「付き合ってるってことは特別な関係なわけじゃない? つまるところ、友達同士じゃやらないことをしていくと思うんだ。それ自体に何の不満もないわけだけど、私は私らしく振る舞いたいわけだからいつも通り接するの。そうすると友達時代とやってることが変わらないから、友達でいっかってなるんだって」
「……それって男子側の言い訳にしか聞こえないんですが、自分から踏み出さないでおいて」
「それもあるかもだけど、恋人らしいことをしたいと思わせなかった私にも非があると思うんだよねー」
自分の経験を語ってくれている先輩には申し訳ないが、内容があまり頭に入ってこなかった。
自分らしくあることで関係が崩れることなんて今まで何度もあったのに、恋愛においては完全に失念していた。
それは、自分を好いてくれている人たちが、今の自分を好いてくれていると分かっていたからだ。
でも、付き合ってからも同じように好いてくれると誰が断言できる。少なくとも目の前の人間は、それで3回失恋している。安心できることなんて何もない。
もしかして、翔輝の言葉がずっと引っかかっていたのは、これが原因なのだろうか。相手に合わせた行動を検討しない自分では、そのうち愛想尽かされるかもしれないと。
「先輩は、今後どうするつもりですか?」
想像以上に自分の中で尾を引いたようで、無意識のうちに先輩へ尋ねていた。
先輩だってこのままというわけにはいかないだろう。今後付き合うだろう恋人に対して、どう接していくか。
「えっ、別に変わらないけど?」
先輩は、さも当然のようにあっけらかんと答えた。
「恋人とどう接するかの話だよね、だったら変える気ないよ。私の私らしさを受け入れてくれる人を見つければ良いだけだし」
「それが難しいって認識だったんですが」
「そりゃそうでしょ、そんな簡単に見つかれば誰だって苦労しないって。私は何人と付き合うことになってもスタンスは変えないね」
「じゃあ、後1回しか付き合えないとしたらどうします?」
「えっ、何その縛りルール? 恋愛はゲームじゃないんだけど」
ぶつくさ言いながらも真面目に考えてくれる藤宮先輩。
これは、ただの僕のワガママだ。僕が初めて付き合った人とそのまま添い遂げたいと思っているから、同じ条件で先輩がどう考えるか知りたいだけ。
「経験値稼がず1発クリアしろっていうなら、挑む前にレベルアップするしかないね」
そして先輩は、これ以上ない回答を僕に与えてくれた。
「もう私しかいないって言ってくれるような男子が現れるまで自分磨きするの。私なんて茉莉ちゃん比べたら運動も勉強もまだまだだし! 家事とか習い事とか考えたらやることなんていっぱいあるんだから! うじうじしてる暇があったらどんどんレベルアップしちゃうんだぜ!」
眩いばかりの笑顔を浮かべる先輩を見て、僕ははっきり理解する。
そうだ。僕は浮かれていた。自分は選ぶ側だと、待たせている相手に申し訳ないとずっと上からものを考えていた。
だが、相手と付き合ってしまえば上も下もない。あるのは対等な関係のみ。もしそこから上下関係が生まれるのだとしたら、自分磨きを怠った故の結果だろう。
「……仰る通りですね」
うじうじしている暇があったらどんどんレベルアップか、間違いない。僕に最高級の魅力があれば後は僕の気持ち次第、他に思い悩むことはない。そう考えれば、恋愛もそこまで難しいものではないのかもしれない。
「おっ、もしかしてタメになった?」
「はい。とても参考になりました、ありがとうございます」
「おお! やったぜ!」
素直にお礼を述べると、先輩は嬉しそうにピースサインをした。とても年上とは思えない無邪気さだ。
「これからも頼ってくれていいんだよ?」
「そうですね、また何か困ったら声掛けさせてもらいます」
「それならライン交換する? すぐ返答できるけど」
「いえ、既読スルーしたらスタンプ連打されそうなのでやめときます」
「しないよ!? 何その具体的な被害妄想は!?」
少し会話を重ねたら、いつもの面白リアクションを取り始める藤宮先輩。
……まったく、さすがにズルくないか。こんなに頼りになる人だなんてスタートの会話からは想像できないって。
そういえばこの人は生徒会長なんだと、今更ながら納得してしまうのであった。
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