第24話 残念な人
「はあ……」
昼休み。
今日何度目になるか分からない溜息をついてから、僕は1人でひっそり昼食を取れる場所を探していた。
朝礼前は雨竜に絡まれ、その後出雲も入ってきたせいで自分の時間を取ることができなかった。どうして彼らは僕の要望を一切聞き入れてくれないのか。もう少し譲歩という言葉に寄り添って生活をして欲しい、それだけで僕の行動は円滑に回るというのに、僕の周りにそれができないやつが多すぎる。
まあそれは百歩譲っていいが、授業合間の休憩時間がまったくなかったのはどういうことなのだろうか。
理由はたった1つ、晴華との関係を訊いてくる奴らの相手をずっとさせられていたからだ。おかげでロボットのように同じ言葉を何度も繰り返すことになった。ホントにふざけてる、揃いも揃って訊くことが同じなら全員で来いよ、なんで順番に来るんだ。
そんな不条理に耐えられなくなった僕は、4限の授業が終了すると同時に教室を脱出した。何人か声を掛けられたような気もするしスマホもブルブル震えている気もするが全部無視、僕は静寂の中で昼食を摂るのだ。
そういうわけで、売店ではなく近くのコンビニで昼食を買ってから旧校舎へ向かう僕。部室があるため人が居ないことはないのだが今は試験期間、わざわざこちらに来る生徒はいないだろう、多分。
「おっ、廣瀬君じゃーん」
「げっ」
鍵の掛かっていない教室へ入ろうとしていたところで、たった数日で遭遇したくないランキング上位に登り詰めた先輩に会った。
藤宮姫子、陽嶺高校の生徒会長だ。
「ちょっと、『げっ』は酷くない? 明るさが取り柄の私でも傷つくよ?」
「そうなったらまた床と仲良くしていただけたら」
「好きで仲良くなってないよ!?」
藤宮先輩は、心外と言わんばかりに声を張る。いや、昨日の惨劇を見てその返答はちょっと。
「ところでなんで旧校舎に? 生徒会室に忘れ物でもした?」
「いえ、こっちで1人静かに昼食を摂ろうかと」
「成る程ね。ここで会ったのも何かの縁だし一緒に食べない?」
鶏頭かな? 僕が数秒前に言ったこと、忘れちゃったのかな? 僕は、『1人で』、『静かに』、昼食を摂りたいんですが。
「藤宮先輩は友人と昼食を摂られないんですか?」
「今日は1人で生徒会室待機だから、生徒会立候補者が来るかもしれないし」
「ちっ」
「えっ、今舌打ちした?」
「いえ、心の声が舌から漏れただけです」
「それ舌打ちって言うよね!?」
「あっ、感じ悪かったですよね。そんな人間と昼食摂るのは嫌ですよね」
「全然大丈夫、私切り替え早いし!」
どうやら昼食を避けるという選択肢は潰されたようだ。分かりやすく嫌な人間を演じてみたのに、この人には全く通用しなかったらしい。冗談抜きで学校の生徒全員を友達だと思っていそうなフレンドリーさだ。
「というわけで生徒会室へゴー!」
哀しいかな、1人で静かな昼食というささやかな幸せさえ奪われた僕は、なくなく生徒会長さまの横を歩くことになった。適当に理由を作って振り切っても良かったのだが、今後の学校生活でネチネチ言われる方が嫌なので今日は我慢することにする。今日の僕、我慢しすぎだろ。
「さあカルビたちよ! 受験生の脳みそを潤しておくれ!」
生徒会室に着いて弁当を広げた先輩は、謎の掛け声とともに意気揚々と昼食にありつく。
……こんな人でも、恋愛とかしてるんだろうか。
翔輝たちからある程度話を聞いていたが、僕の考えがまとまっていないのが正直なところだ。もっといろんな人から話を聞いて見識を広めたいと思っていたわけだし、年上の意見も参考になるとは思うのだが。
「もやしが! もやしがこんなに美味しい! 料理って素晴らしい!」
「……」
何だろう、収穫を得られる気がしない。どう見たってクラスのマスコットタイプ、可愛がられることはあっても恋には発展しなさそうだ。
とはいえ貴重な昼休みを奪われたまま過ごすというのも勿体ない。この人自身に経験がなくても、友人の恋愛から得られるものがあるかもしれない。
「あの先輩」
「なーに?」
「訊きたいことがあるんですが」
「いーよ、どんどんきいてー」
ダメで元々。全力で食事を楽しんでいる藤宮先輩に質問することにした。
「藤宮先輩って好きな異性っています?」
「うーん、今はいないかなー。どして?」
「いや、気になったので」
さらっと答えてくれる先輩。
いないとは言ったが、『今は』とも言っていた。少なくとも恋愛経験はあるということ、掘り下げていきたいが答えてくれるだろうか。過去の出来事ということは失敗した内容の可能性もあるし。
どう話を広げようかと先輩を窺うと、明らかに様子がおかしかった。
顔を赤く染め、口元を押さえながら僕を見ている。どうしたんだ急に。
「気になった……? もしかして廣瀬君、私のことが好き……?」
ウルウルと瞳を潤ませてるから何事かと思いきや、壮大な勘違いをされていた。
「そんな、廣瀬君の学年にはハレハレちゃんがいるんだよ、そこを飛び越えて私? 昨日会ったばかりの私? そんな不思議なことってあるの?」
不思議だよね、理解できないよね。だからその考え、おかしいってことに気付いたらいいと思うよ。
「……そっか。廣瀬君、大人の魅力に気付いちゃったんだね。だからこそ同学年でもなく、後輩でもなく、先輩の私なんだね。分かるよ、大人の女性って魅力的だもんね。私から溢れちゃってたかぁ……」
残念ながら、藤宮先輩は自分の思考に誤りがあることに気付くことができず、明後日の方向へベクトルを伸ばしていく。とても言いづらいのですが、先輩から大人の魅力を感じるのは難しいと思います。
「突然の後輩からの告白。先輩としてちゃんと返答するべきだよね。私はこの学校の生徒会長、生徒の模範となるべき人間」
ぶつぶつと何かを呟きながら、ゆっくりと立ち上がる藤宮先輩。どうやら僕の告白(?)に返答をしてくれるらしい。一応言っとくけど、生徒会長と告白の返答をするのは関係ないよ。
すーはーと息を整える先輩を、とても冷静な心境に見つめる僕。頑張れ先輩、先輩ならちゃんと言える。生徒会のスピーチをするときみたいに言えば問題ないはずです。僕、先輩のスピーチ何も覚えてないですけど。
「廣瀬君!」
覚悟を決めた藤宮先輩が、僅かに頬の紅潮を残したまま、僕に宣言した。
「友達から、友達から始めるのはどうかな!? お互いよく知らないし、私は受験もあって忙しいし、付き合っても時間は取れないと思うし! それだと結局うまくいかないって分かるじゃない!? だから、そういうの全部ひっくるめて、友達から始めるのはどうでしょう!?」
「あっ、大丈夫です。間に合ってます」
「間に合ってました!!」
何なんだこの時間は。
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