第23話 正論強打
落ち着きを取り戻した朱里と少し会話をしてから、先に茶道室を出る。
晴華のことは気にしていたが、告白は断ったことを伝えると、少し気まずげにしながらも胸を撫で下ろしたようだった。
理由を聞かれたが、伝えたところで納得されるとは思わなかったので適当にはぐらかした。僕の恋愛観が一般常識だと思っていないし、これ以上朱里を混乱させるわけにもいかない。口から何が飛び出すか分からないし。
そういえば、昨日の翔輝との話を伝えると、彼女は嬉しそうに笑っていた。
「廣瀬君でもそんな風に思うことあるんだね」
僕が翔輝の不安を切り捨てられなかったことに、朱里は共感を覚えたようだ。晴華の台頭で賄賂に行き着くような彼女だ、同志の存在をさぞ喜んだのだろうが、僕は未だにしっくりきていない。昨日の感覚はいったい何だったのやら。
教室に入ると何人か生徒がいたのだが、間違いなく視線が飛んできている。昨日の昼からある程度感じていたが、今はたった数人ではっきり感じている。
自分の席について読書に勤しもうとしたところで声をかけられる。
「あのさ廣瀬」
「なんだ山下」
「久保田だ」
久保田だった。この会話、昔もした気がするな。気のせいということにしよう。
「どうした久保田」
「いや、ちょっと気になったというか、質問があって」
久保田は一呼吸置いてから、僕に言った。
「廣瀬って、神代さんと付き合ってる?」
「……」
案の定、久保田の質問は晴華に関するものだった。軽く周りを見ると、机に向かっているようで聞き耳を立てている。
「昨日、友達が廣瀬と神代さんがくっついているところ見たって言ってて」
「あいつの前世はくっつき虫だ、ヒトにくっつくことでしか生を実感できないらしい」
久保田に完璧すぎる言い訳をしつつも、心の中で溜息をつく僕。
恐れていたことが早速起きてしまう。晴華にあんな絡まれた方をされた時点で想定していたが、まさか朝の一発目から声をかけられると思わなかった。
「でもさ、神代さんが言ってたらしいんだよ、廣瀬のことを好きだって」
「それが本当だとして、なんで僕と付き合ってるって話になるんだよ」
「なんでって、神代さんに告白されたら付き合うだろ?」
「誰の一般常識だ、僕と下々を一緒にするな」
「じゃあ付き合ってないってこと?」
「会話の流れで察しろ、これ以上は言わん」
「そうか、付き合ってないのか」
どこか嬉しそうに声を弾ませる久保田に、僕は分かりやすく嘆息した。
面倒くせえ、話しかけられる度にこんな会話をしなければいけないのか、体力以上に精神力が削れてしまいそうだ。
さっさと席に戻ってくれと念を送っているのだが、久保田はまだ僕の前に居座っている。なんだこの暇人、せっかく早く学校に来たんだから学生らしく勉強でもしろよ。
「あのさ廣瀬、神代さんって最近まで彼氏いたじゃん」
僕の都合など気にする様子はなく、小声で語りかけてくる久保田。唐突に何の話だ。
「別れたのって1、2週間前だろ? それでもう廣瀬に恋してるってなると、やっぱり男性経験豊富なんかな」
「……」
「いろんな男子と仲良く話してるし、手慣れてるというか。そりゃフラれてるやつも多いだろうけど、俺にもワンチャンあったりしないかと思って」
久保田の話は、男子生徒にありふれた下世話なものなのかもしれない。取り立てて反応するようなものではない、一緒になってふざけるようなものなのかもしれない。
実際、晴華が今泉先輩と付き合った理由は、久保田の言ってる意味とは違ったニュアンスで不純である。恋人として好意のないまま1年弱付き合うというのは、人によっては嫌悪の対象だろう。
だが僕は、あいつの苦悩を知ってる身として、久保田とニヤニヤ笑うことなどできるわけがなかった。
「好き放題言ってるが、君は晴華の何を知ってるんだ?」
「えっ?」
否定的な言葉が飛んでくるとは思わなかったのか、久保田は呆けた表情で僕を見た。
「別れてから次の恋に移るのが早かったら男性経験豊富なのか? あいつが今まで何人恋人がいたか知ってるのか?」
「それは、知らないけど」
「そもそも男性経験豊富って、ただ男子と友達が多いだけだろ。女子が男子の友達が多いってだけで男性経験豊富って言うのか?」
「いや、それは」
「手慣れてるって、普通に会話してるだけでどうしてそういう扱いになる? 女子とまともに話せない君たちが童貞臭いだけだろ」
「ど、童貞って……!」
「フラれるなんて当たり前だ、相手が童貞拗らせたアホしかいないんだから。ワンチャンあるなんて思ってる暇があったら男を磨け。神代晴華を馬鹿にするのもいい加減にしろよ」
あまりに聞いてて不快だったので、僕の全力を以って捩じ伏せた。晴華が男子共のエサになるだろうことは想像に難くないが、そういう会話に僕が乗ると思ったら大間違いだ。
「……嘘つきじゃん!」
「はっ?」
僕の攻撃で数秒放心していた久保田だったが、復帰早々意味不明なことを言う。
「廣瀬と神代さん、やっぱり付き合ってるんだろ!? 俺らに隠してるだけで!」
どうやら晴華を擁護したのがお気に召さなかったらしい。
まったく、少し肩入れした程度でどうしてそんな一方的な思考回路になるのやら。高校生ってのはホントに浅慮な生き物だな。
「呆れてものも言えん。もう話すことないから帰れ」
「帰らない! 廣瀬が神代さんと付き合ってるって言うまでは!」
「ホントのこと言ってなんで絡まなければいけないんだ」
もういい加減にしてほしい。僕には新しいマンガの素案を考える使命があるんだ。そして大作を描き上げ、出雲を感動させる。そのための時間がどんどん奪われていく。ちなみに雨竜はどうでもいい、評価辛口だし。
「だったら神代さんを好きだって認めろ、あそこまでフォローしといて嫌いだなんて言わないよな?」
「あのな、僕は晴華と付き合ってないことを示唆しただけで、嫌いだなんて一言も言ってないんだが」
「へっ?」
何を驚くことがあるのやら。1年以上塩対応を続けていた僕なんかにずっと声を掛けてくれていたヤツらの1人だぞ、嫌う理由がどこにあるんだ。
「じゃ、じゃあ、両想いってことになるんじゃないのか?」
「どうしてそうなる? お前の頭は恋愛しかないのか、盛りのついたネコめ」
「……訳が分からん。恋愛とはいったい……?」
混乱で焦点が定まっていない久保田は、ふらつきながらもようやく自分の席へ戻っていった。
はあ、やっと終わった。朝の平穏な時間を無駄に費やしてしまった。久保田の野郎め、今度ふざけたこと聞いてきたらハイパーダブルチョップで勉強面の記憶を全て粉砕してやる。
まあいい、僕の心は宇宙より広い。瑣末な時間など忘れ、これからの時間を大切に使えればーーーー
「おっす雪矢、今日は朝から暴れ回ってるな」
「お前とは一切喋りません!!」
「たった今喋ったぞ、有言不実行君」
うおおおお!! 誰だよコイツを隣にした奴! 去年の2学期からずっと一緒っておかしいだろ!!
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