第22話 長所羅列

昨日、梅雨と晴華から多大な精神攻撃を受けた僕だが、父さんの愛情と素晴らしき夕食により引きずることなく今日を迎えられた。


2人の猛攻は留まることなく永久に続く恐怖を覚えたが、晴華の兄上からの連絡により、15分程度でなんとか終了した。初めて晴華の兄上に感謝したかもしれない。ありがとうございます、僕の窮地を救ってくれて。


結局2人は、互いにライバルとして言葉をぶつけることはなく、何なら良き理解者として言葉を交わしていた。詳細についてはまったく触れたくないので割愛するが、終始楽しそうに頷きあっていた。


もしかして蘭童殿と真宵の関係性がおかしいのだろうか。恋愛なんてただでさえよく分かっていないのに、昨日みたいなことがあったせいで余計に混乱してしまっている。



ふう、一旦落ち着こう。ここからまた、天然お嬢さんと戦うフェイズがやってくるのだ。



僕は、昨日きたラインのメッセージを見返す。



『緊急会議です。明日朝、茶道室にきたれよ』



弟子からの会議の案内。今週は明後日行う予定だったが、急遽日程が変更された。


理由は言わずもがな、晴華の暴走が耳に伝わったからだろう。呑気に明後日を待つわけにはいかないと判断したのは偉いと思うが、文章から動揺を隠せていない。来れよってなんだ。


そんなわけで今日は昨日よりさらに早く登校中、さすがに晴華もこの時間だと校門前にいないようだ。ホッと溜息を吐いてから生徒玄関へ向かう。


試験期間中は学校に早く来る生徒は多いが、始業の1時間前ともなると学校も静かなものである。上履きと床がこすれ合う音に僅かな心地よさを感じながら茶道室へ。


約束の時間より10分早く到着したのだが、茶道室は既に空いているようだった。昨日から部活は休みになっているし、閉め忘れということはないだろう。つまりは目的の人物が既に居るわけだ。


「おはようさん」


和室の扉をスライドさせながら中に入ると、僕を呼び出した張本人こと桐田朱里が、畳の上で正座をしながら待機していた。


外から差し込む逆光のせいで顔がよく見えず、正体不明の中ボスみたいな雰囲気を醸し出している。


……というかなんで正座? いつもは玄関に腰を掛けて話しているのに、この謎の緊張感は何だろう。そういえば挨拶したのに返答がないな、もしかしてあの状態で寝ているのだろうか。


そう思った矢先、彼女は自分の後方から何かを取り出し、自分の膝の前に置いた。



「御茶でございます」



なんで?



目の前の桐田朱里だと思われる人物は、何故だか僕のために茶を振る舞ってくれている。湯気の勢いから考えても先ほど点てたばかりのものだろう、意味が分からん。


「賄賂でございます。お納めください」


彼女はさらに前へ御茶を置くと、深々とお辞儀した。お辞儀というより、頭の位置的に土下座である。


朝早くから学校へ来て、部活動禁止の期間に御茶を点て、賄賂と称して土下座をする。



もしかしてこの人、おもしれー女なのだろうか。



とはいえ巻き込まれている側からすれば堪ったものではない。彼女の奇行はそんなに珍しくないのでなんとか平静を保てているが、ダメージを受けないわけではない。このままの状況が続くのはいろんな意味でまずい。



……うん。いつも通り、頭のネジを置いてきちゃっただけだろう。



ということで、コーヒーよりも頭が冴えることで有名な僕のチョップをお見舞いすることにした。


「いったぁ!?」

「おっ、治った」

「治ったって何!? むしろ怪我したところなんだけど!?」


先程まで顔が分からず少々不安だったが、このツッコミは間違いなく朱里のものだろう。


後頭部を押さえる彼女は涙目で僕を軽く睨んでいた。


「いや、ちょっと理解出来ない行動が続いたから、誰かに洗脳でもされたのかと」

「なんで!? 御茶なら何度も振る舞ってるでしょ!?」

「今部活動禁止期間なんだが、御茶点てたこと顧問になんて説明するんだ?」

「あっ」


案の上、朱里の珍行動は勢いによるものだった。呆けた表情があまりにも間抜けである。


「しょ、しょうがないもん! 廣瀬君に賄賂をあげなきゃいけなかったし!」

「その理由が分からんって話なんだが」


慌てる朱里に冷静に返すと、彼女は顔を真っ赤に染めて吠えた。


「晴華ちゃんのこと聞きたいから! だから廣瀬君の好きなものをあげたかったの!」


先程の丁寧な所作はどこへやら、膝をついたまま身体を乗り出し僕に詰め寄る。


「いつから好きなの!? きっかけは!? やっぱり体育祭!? でも二人三脚出てなかったよね!? 廣瀬君からアプローチしたの!?」

「まあまあ一旦落ち着け、御茶あげるから」

「あっ、うん」


僕が両手で制止して御茶を進めると、ちょびちょびと御茶を啜る朱里。


「ってこれ私が点てた御茶やないかい!」

「おっ、いいノリツッコミ」

「廣瀬く〜ん、私ホントに焦ってるんだよぉ」


キレッキレのツッコミを畳にかましたかと思いきや、朱里は涙目で僕に縋り付く。


「晴華ちゃんだよ!? 天下無双の最強美少女だよ!? 明るく気さくな皆の憧れだよ!? 胸だって私より大きいし!」

「いや、ちょっと落ち着」

「私が勝ってる要素何もないし! このままだと相撲部に入って全国大会優勝するしかないよ!?」

「びっくりするくらい飛躍したな!?」

「私が豪林寺先輩二世になるんだ!」


僕の想像を超える宣言に面を食らってしまう。豪林寺先輩の道のりを辿れば僕に好かれると思ったということだろうか、間違いの脳に異常をきたしている。


このまましばらく泳がせておいても面白そうではあるが、真剣に悩んでいる朱里をこれ以上放置するのはさすがに心が痛むな。


これ以上朱里が暴走する前に、彼女と目線が合うように座る。


「あのな、相手と比較して必要以上に落ち込むな。お前にだって良いところはあるだろうが」

「……分かってるよ、そう言って訊いたら何も答えられないってお約束でしょ?」

「飲み込みが早い。後輩の面倒見がいい」

「えっ?」


僕から肯定的な発言が出ると思わなかったのか、朱里は目尻に涙を溜めたまま口を開けていた。


「料理が得意。現国の成績が良い。服のセンスが良い。ツッコミがうまい。姿勢が綺麗。御茶を点てるのがうまい」

「ちょ、ちょっとストップ!」


どちらかといえば青白かった表情が、この数秒で一気に紅く染まっていた。左手で胸を押さえながら、右手でこちらを制止する。


「なんだ、長所を挙げて欲しかったんじゃないのか?」

「そ、それはそうだけど、こんなにいっぱい言ってくれるなんて思ってなくて……!」

「いっぱい? こんなの序の口だぞ、見た目に触れなくたってこれくらい一瞬で出せる」


父さんの啓示、『尊敬の念を抱いたら心のままに動いて欲しい』。これを意識してから、人の良いところを探すのは癖になっている部分がある。相手が友達であるなら尚更だ。


「ライバルを意識するのは良いが、自分の良さを見失うなよ。お前にしかない魅力はちゃんとあるんだから」

「分かった、分かったから、これ以上は、無理ぃ……!」


僕からの有り難い言葉を聞いているのか聞いていないのか、前髪で顔を隠して横を向く朱里。



「……恥ずかしくて死んじゃう、これ以上は死んじゃう……!」



不穏なワードが聞き取れたが、微動だにしなかった中ボスの頃よりは挙動が大きい。泣きそうになってたときよりは元気になっていると思っていいだろう。まったく、世話の焼ける弟子だ。



「……あれ、でもツッコミがうまいって喜んでいいのかな?」



喜んどけ、おもしれー女。

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