第21話 意気投合

「あー楽しかった!」


少し薄暗くなった空の下、翔輝と涼岡希歩と別れた僕と晴華は帰路に着いていた。


僕のために来てもらった2人のはずだったが、最終的には晴華がずっと質問を重ねており、僕は2人の慌てる様子を観察することしかできなかった。


ただ、収穫がなかったわけではない。晴華にからかわれながらも、翔輝も涼岡希歩も、幸せそうにしているのは間違いなかった。恋人関係はそれだけ特別なものだと、分かっただけでも充分と言える。


「2人とも可愛かったし、楽しそうだったし、さすがに羨ましくなったなぁ」


どうやら晴華も同じような感想を抱いたようで、2人と会話した余韻を噛み締めていた。


羨ましいか、少し前の晴華からなら考えられない言葉だ。


「ユッキーはどう? 彼女欲しくなった?」

「いや、そこまでは至らなかった。仲睦まじさは良いと思ったけどな」

「はあ。ユッキーは分析しすぎだよ、理論的というか。もっとハートフルに物事考えよ? 燃え上がる衝動に身を任せよ?」

「あのな、恋愛云々に関してはお前の方がドライだったろうが」

「今はそんなことありませーん、全部ユッキーのせいだね!」


えへへと笑いながら、自分の肩を軽く僕の肩にぶつけてくる晴華。こういう振る舞いは告白される前からもたまにあったが、僕を見つめる表情は明らかに今までと違う。今日何度も見せられた、恋する乙女の表情だ。


「ユッキー、寄り道していい?」


喫茶店から歩いて数分、もうすぐ晴華の家というところで彼女が提案する。


「いや、お前の家が目の先なんだが」

「だって、ユッキーともう少し一緒にいたいんだもん」


晴華の気持ちは理解しているつもりだったが、こうも真っ直ぐ感情をぶつけられるとさすがに照れ臭い。


「今日はほとんどお前と一緒だったような」

「それでも足りないの! ユッキーに女の子として意識してもらうには全然足りない!」

「お前を女として見ない男がいるわけないだろ」

「じゃああたしと付き合える!? もしくは保留にしてくれる!?」

「どっちも否だ」

「ほら! というかまた振られちゃったぁ」


頭を抱えながらその場で蹲る晴華。昨日の今日で僕の恋愛観が変わるわけないだろと言いたいところだが、さすがに泣きっ面に蜂というものだ。


目の前のじゃじゃ馬をどう帰らせようかと思考を巡らせているところで、スマホが震えていることに気付く。


画面を見てみると、『青八木梅雨』から通話が来ているようだ。


「…………」


とはいえこのタイミングで電話に出るほど空気が読めていないつもりはない。梅雨への折り返しは晴華と別れた後にするべきだろうと通話を切ったのだが、


「…………」


彼女の辞書に折り返しという言葉はないのか、すぐさま通話の連絡がくる。


試しにもう一度切ってみたが、何の躊躇いもなく3度目の通話が襲いかかってくる。


十中八九緊急事態ではないと思うのだが、こうも執拗に掛かってくるなら対応するのが筋というものだろう。


「すまん晴華、電話出ていいか?」


あからさまに傷心している彼女を放っておくような発言で自分でもどうかと思うが、万が一緊急事態なら電話を取らない方がまずい。


「電話? 誰から?」

「……梅雨からだ」

「梅雨ちゃん!?」


良い気持ちはしないだろうと名前を出すのに抵抗があったが、顔を上げた晴華の表情はどこか嬉しそうだった。……なんで?


「いいよ出て出て! できればスピーカーにして!」

「はっ?」


急にテンションが上がった晴華にたじろぎながらも、今もなお鳴り続けるスマホの通話をオンにする。


「もしも……」

『雪矢さん今、神代さんと一緒にいますね?』

「っ!?」


電話に出て早々、いつもより一段と低い声で恐ろしいことを言ってくるお嬢さんに戦々恐々とする僕。


『どうなんですか、答えてください』

「いや、一緒にいるにはいるが、なんで分かったんだ?」

『なんで分かった? わたしには強力な情報網があることをご存知ないと?』


存じております。青八木さん家の雨竜君ですよね。今日の状況をすべからく伺ったんですね、だからそんなに不機嫌なんですね。


「ユッキー! スピーカー! スピーカーだってば!」


お怒りの原因はこちらに遠慮することなく通話の参加を望んでいる。いや、そんなことしたら修羅場が訪れるのは目に見えているんだが。


『人目を憚らない神代さんのアタック、そして一緒に帰ったという目撃談多数。推測は容易だと思いません?』

「まあそう言われるとそうなんだが、的確過ぎて怖いというか。もしかして怒ってる?」

『怒っていません、呆れてるんです。体育祭の雪矢さんはそれはもう格好良かったのでこんな展開も予想はできましたが、どんな大物釣り上げてるんですか……』


いや、僕に言われても。僕はいつも通りやりたいようにやっただけなんだが。


『雪矢さんのことです、どうせ自分がしたいことをしただけとか言って神代さん誑かせたんでしょう、わたしと手口が一緒ですね』

「誑かせたって、人聞きの悪い……」

『ほう、それでは弁明があると? ちゃんと語尾はゲスにしていたということですか?』


ねえ、この子ホントに怒ってないでゲスか? 徐々に出口がなくなる追い込み方が怖いんでゲスが。


どうやって梅雨を宥めようか苦悶していると、持っていたスマホを隣からするりと奪われてしまう。


「ちょ!」


晴華はそのまま画面を操作してスピーカーに切り替えると、



「こんにちは梅雨ちゃん! 久しぶり!」



何の躊躇いもなく梅雨へ声を掛けた。



いやいや、何をしてるんですかあなた? ライバルというやつではないんですか? なんでそんなフレンドリーに話しかけてるんですか?


僕からすれば火に油を注ぐような行為、このまま時間が止まってスマホの電池が切れることを祈りたいところだが、現実はそんなに甘くない。


どうか梅雨さんの逆鱗に触れないことを願うばかりであったが、



『神代さん! こちらこそお久しぶりです!』



梅雨の声は、僕と話していた時と違って明るかった。



あ、あれ? 梅雨は晴華の気持ちを知ってるんだよな、とてもライバルと話すトーンには感じられないのだが。


「いやあ、実は梅雨ちゃんと話したかったんだよね」

『わたしもです、さっきお兄ちゃんに話聞いてから』


2人は不自然なくらい楽しげに会話のキャッチボールを行う。始めはお互いの反応を牽制するために取り繕っていたのかと思ったが、そんな様子は見られない。


なんだ、純粋に2人は話したかったってこと?


だとしたら、理由は一体。



「勉強合宿の時は梅雨ちゃんのこと微笑ましいなあって思ってたけど、あたしもしっかり射止められちゃったよ」

『しょうがありません、雪矢さんはズルいですから。自分が自分が言っておいてわたしのために動いてくれるんですもん、好きになるなって言うのが無理な話です』

「ホントそれ! こっちの都合なんてお構いなしで突っ込んでくるくせに優しいの! 気持ちがずっと揺さぶられて大変だったんだから!」

『分かります。好き放題やってて自覚がないんです。それでなんで僕を好きになったって、そんなの自分の行動振り返って言えって話です』

「あはは! 梅雨ちゃんガッツリ言うね!」

『言いますよ、だって今日はそれを言える相手がいらっしゃいますから』



2人の会話を聞きながら、僕の思考は凍る。



どういうこと? こういうときって、蘭童殿と真宵みたいにバトり合うのが定番じゃないの?


いや、修羅場にならなくてよかったんだけど、僕にとってはそれ以上に嫌な空間が出来上がってない? 何ですかこれ?


聞き間違えでなければ、僕を想ってくれている2人が、

僕の悪口で盛り上がっている気がする。しかも本人を目の前にして、どういう罰ゲームなんだ。


「あの、これ僕のスマホでやる必要なくないか?」


話を弾ませる2人の間に勇気を持って飛び込んでみたが、



『何言ってるんですか、雪矢さんに聞いてもらってなきゃ意味ないじゃないですか』

「そうそう。ユッキーにはいかにあたしたちがユッキーを好きか理解してもらわないと」



梅雨も晴華も、この状況を解く気がまったくないらしい。明らかに、僕が困っている現状を楽しんでいる。



『ところで神代さんは、雪矢さんにどんな形で籠絡されたんでしょうか?』

「やっぱり気になるよねそれ。どうしよっかなぁ、教えてもいいけど、その代わり梅雨ちゃんの話も深掘りさせてよ?」

『勿論です。カッコいい雪矢さんエピソードはできるだけ共有すべきですから』

「だねー! 梅雨ちゃんならいっぱい共感してくれると思うし!」

『任せてください、雪矢さん第一人者として適切な返しをさせていただきます!』




もうやめてくれ、いっそ僕をこの場から消失させてくれ……



そうして僕は、スマホを奪われ逃げられないまま、羞恥に耐え続けるハメになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る