第20話 友人の恋バナ

「おじさーん! 遊びにきたよ!」


晴華の存在にとやかく言う暇もないまま、彼女に行き着けらしい喫茶店へ足を運ぶことになった。


カウンターで作業している店長らしき人に笑顔で声をかける晴華。店長呼びではなくおじさん呼びなのが既に距離感の近さを表している。晴華の家から数分で来られる場所だし、長い付き合いなのだろうことは想像できるが。


「いらっしゃいハルちゃん。久しぶりだね、1ヶ月振りくらい?」

「体育祭の練習で忙しかったからね! ここのいちごミルクが恋しかった!」

「あはは、そんなこと言ってくれるのハルちゃんくらいだよ」

「えーウソ!? ここのいちごミルクより美味しいものに出会ったことないけど」


仲睦まじそうにそうに話しているところ言いづらいが、僕はこういう店と個人を超えたやり取りが見られる場所は好きではない。常連と仲良く接する姿勢は良いと思うし、サービス商売であればそうあるべきだと理解しているのだが、行きすぎると新規客が非常に入りづらい空間になってしまうからだ。


以前、ツチノコの目撃情報をもとに、その近くの喫茶店で張り込みをしていたことがあったのだが、店員がずっと常連客と談笑していて、一見さんである僕は終始居心地の悪さを感じていた。結局ツチノコは見つからなかったし(後から分かったが、スマホのゲームアプリの話だったらしい)そこで飲んだメロンソーダは320円したのに味は普通だったしで踏んだり蹴ったりである。店員は、すでに形成されたコミュニティ内に入る、居続けることの難しいことを理解してほしいものだ。


「みんな! おじさんがいちごミルクサービスしてくれるって!」

「ハルちゃんのお友達からお金は取れないよ、今日は好きなだけゆっくりしていってね」


やっぱり地域密着型の喫茶店はこうあるべきだよな。個人経営でサービス業を営んでるんだぞ、周りと仲良くしていかないで何をするって言うんだか。晴華と店長が仲が良いからこそ生まれる新しい繋がり、こうやって広がっていくコミュニティというのもなかなか悪くない。


手の平返し? はて何のことやら、ただで飲めるいちごミルク以上に価値のあるものなんてないんですが。


「よしよし、これでみんなのところに行ったね」


奥の4人席に案内された僕らは、晴華がいちごミルクを運んでくるのを待っていた。慣れた振る舞いを見ていると、友達を連れてきたのはこれが初めてではないようだ。


「それで、これって何の集まりなの?」


僕の隣に座った晴華が首を傾げる。そういえばコイツ、勢いで着いてきたけど翔輝と涼岡希歩と話すってことしか知らないんだよな。


「えっ、と」


当然のように口ごもる2人。翔輝から『話してもいいの?』的な視線が送られてきたので、僕は渋々ながら頷いた。勿論2人が問題ないならだが。


「今日は、その、報告って言うのかな。涼岡さんと付き合って結構経ったから、廣瀬君にいろいろ伝えたくて」


僕から言い出したことだったが、翔輝は自分から提案したように晴華に伝える。気遣い無用と言いたいところだが、晴華に余計な詮索されずに済むのは正直助かる。


しかしながら、晴華の頭の上のクエスチョンは消えなかった。


「えっと、ホーリーときほりんが付き合ってるのは知ってるけど、どうしてそれをユッキーに伝えるの?」

「それはですね、私たちの仲を取り持ってくれたのが他ならぬ廣瀬君だからです」


そう言ったのは、最初に切り出した翔輝ではなく、その隣で笑みを浮かべる涼岡希歩だった。


「廣瀬君が居なかったら私たちの関係は進展していなかったので、言うなれば恩人ですね」

「へえ、ユッキーすごいね!」

「いや、さすがに恩人は誇張し過ぎだろ……」


僕が声を掛ける前から2人の気持ちなんてほとんど固まっていたように思える。僕は少し翔輝の背中を押しただけで、今の関係を築いたのは2人自身だ。恩人とまで言われたら恐縮してしまう。


「そんなことないよ、廣瀬君の後押しがあったから僕はうじうじせずに前に進めたんだし」

「それだって僕が勝手にやったことだ、だから――――」

「感謝される謂れはないって言うんでしょ、ユッキーってばワンパターンだな」


僕の言葉を遮りながら、隣でニヤニヤする晴華。


「ユッキーが何言おうがあたしたちが感謝してる事実は変わらないのにね、素直に受け取ってくれていいのにさ」

「それに値しないから否定してるんだろが」

「あれ、もしかしてユッキー照れてる?」

「照れとらんわ!」

「あたっ!!」


ひどく心外なことを言われたので、僕から晴華に訂正のチョップを入れた。これで思考回路が修正されること、廣瀬家を代表してお祈り申し上げます。


「僕のことはいい! さっさと2人のことを聞かせんか!」

「あたしも聞きたい!」


うるさい外野に茶々入れられるのが面倒なので、さっさと本題に入ることにする。そう思ったが、晴華としても2人の話が聞けるのは望むところらしい。そういや人の恋バナは好きなんだっけかコイツ。


「うーんと、改めて聞かれるとなんと答えればいいかな。とりあえず、付き合う前より毎日が楽しいよ!」

「私も同じです」


2人はお互いの目を見合わせてから、少し恥ずかしそうにはにかんだ。今の様子を見る限り、偽りのない本当の気持ちなのだろうが、知りたいのはそこに向かうプロセスだ。


「付き合う前と違うことってなんだ?」

「そうだなぁ。些細なことかもしれないけど、目が合っても笑って返せるようになったとかかな。前までは、その、見てたのをバレたくなくて目を逸らしたり、目を逸らしたことで変な風に思われたりしないかって不安になったんだけど、今はその、恋人だから、見る言い訳もいらないというか……」

「そ、そうですね」


話しながら、そして聞きながら恥ずかしくなってきたのだろう、少しずつ顔を紅潮させる初々しいカップル。なんだろう、このむず痒さは。コーヒーをブラックで大量に摂取したい気分だ。


「つまりなんだ、好きって気持ちを隠さずに済んでるってことか?」

「堀本君はそうかもですが、私の場合はすでに気持ちを伝えていたので、どちらかと言うと『このまま好きでいていいんだ』という安堵感が大きかったです」


友達から恋人へ。そこにいたる感情として大きく占めているのは、気持ちを隠さずに済んだという思いと、今の気持ちを続けて良いんだという思い。


経験者はそう語るのだが、僕にはしっくりこなかった。僕は多分、好きになった相手に気持ちを隠すタイプではないし、勝手に相手を好きになってる分には問題ないと割り切ることもできる。


……だからこそ晴華の猛威を許すハメになっているわけだが、それは一旦忘れよう。


「付き合ってからはどうだ、1ヶ月弱くらいは経ってると思うが」


僕は切り口を変えてみることにした。付き合う前後の心情にピンとこないのであれば、付き合ってからの気持ちを聞いてみることにする。


「すっごく楽しいよ! さっきも言ったけど、気持ちを隠す必要がなくなったから言えることも多くなったし! で、デートも、気兼ねなく誘えるようになったし!」


翔輝の気持ちは、残念ながら僕に該当するものではない。付き合う前と付き合う後で僕の振るまいが変わるかと言えば答えはノーだ。勿論経験したわけではないのであくまで推測になるが、相手に対して気兼ねしている自分を想像できない。少なくとも梅雨や朱里に対してそういう遠慮はしないと思う。


「でもさ、最近思うところがあって」


楽しそうに現状を話す翔輝だったが、最後の最後に表情に陰りを見せる。


「いろんなことを言えるようになった手前、歯止めが利かなくなったら怖いっていうか」

「歯止め?」

「うん。何でも話せるからって言って、何でも受け入れられる訳じゃない。もし僕が言ったことで涼岡さんを傷つけたり泣かせたりしたらどうしようって、そこから嫌われたらどうしようって。そう思うと、自分の持ってきた話題で話して良いのか、心配になることが増えたというか」



翔輝の訴えた不安は、先ほどと同じく僕に該当するものではない。


自分のことは自分で分かる。恋愛関係は経験がないのでともかく、少なくとも友人関係で躊躇を感じたことはない。僕個人を出して嫌われたなら嫌われる、そういう割り切り方ができるのが僕だ。


にも関わらず、翔輝の言葉が頭から離れない。該当しないと感じていた翔輝の気持ちを不要と切り捨てることができない。


もしかして僕は、相手に囚われて言葉を躊躇ってしまうことがあるというのだろうか。自分でも気付いていないだけで。



「安心してください堀岡君!」



自分の思考回路に多少なりとも驚かされていた状況だったが、涼岡希歩のらしくない大きな声で僕は我に返る。


気が付くと、彼女は隣の恋人の手を握りながら真っ直ぐ視線を送っていた。


「私がそんな簡単にあなたを嫌うなんてあり得ません! 好きな人が変なことを言ったくらいで揺らぐ気持ちじゃないです!」

「涼岡さん……」

「だから、気にせず何でも言ってください。例え私にとって嫌なことだったとしても、2人で一緒に乗り越えればいいんです。不安に思うことなんて1つもないですから」

「……うん、そうだよね。ごめん、変なこと言って」

「いえいえ。そういうところも含めて私はあなたが好きなんですから」


いつの間にか、50センチ目の前が桃色ワールドに変わっていた。心なしか、2人の周りに鮮やかな花々が咲いているように感じられる。


カップルから話を聞くわけだから当然こういう可能性もないわけではなかったのだが、それにしてもいきなりスイッチ入ってません?



「こりゃまあ、いっぱい見せつけてくれちゃいましてねえ」



そんなだから、隣に座る恋バナ大好きお嬢さんもそりゃもう悪い顔をされるわけで。


「「あっ!?」」


冷やかされた影響か、2人は我に返って手を離しこちらに向き直るが、もう遅い。


「ユッキーの質問は堅苦しい感じがして面白くなかったけど、恋バナって言ったらむしろそういうのだよね~」

「そ、そういうのとは?」

「2人ってさ、どこまでいったの? チューとかした?」

「「チュー!!?」」

「手を繋ぐくらいはしてそうだよね、さっきは全然躊躇ってなかったし」

「い、いや、あれは勢いに流された部分があったというか」

「というか2人、なんで名字呼びなの? 恋人なんだから名前で呼んじゃいなよ!」

「「っ!?」」


最初は僕に遠慮していたのか大人しい晴華だったが、唐突に始まった2人のイチャコラ展開で我慢ができなくなったようだ。マシンガンのように質問を重ね、翔輝と涼岡希歩の顔をこれでもかと言うくらいに真っ赤に染めていく。



……間に入ろうと思ったがさすがに無理だ。せめて数分で晴華が満足いくことを祈ってます。

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