第19話 2-Cクラス
1年生コンビの寸劇に付き合った後、僕は自分の教室に歩みを進める。
これから数日にかけて1年生のクラスを渡り、その後2年生3年生と順番に訪問するらしい。教室の隅っこでひっそり過ごしたい僕としては地獄のイベントである。雨竜のことを知らない生徒なんているわけないのにどうして個々のクラスを回らなきゃいけないのやら、その間に選挙に通った後の施策を考えた方がよっぽど建設的だと思うのだが。どうせ雨竜が当選ないし信任されるんだから。
そうぶつくさ言っても状況は変わらない。悲しくも僕は青八木雨竜の奴隷、文句を垂れることすら許されず働くしかないのだ。こんな残酷な男を本当に学校の頂点へ掲げていいものか。今から僕の全勢力を持って反抗組織を創り上げるというのはどうだろうか。
……ダメだ、とてもじゃないが雨竜へ流れる票をこちらに移す算段が付かない。あの外面に騙されている民衆を目覚めさせるのが僕の役目だというのに、ああ悲しき現実世界。
結局僕には、雨竜の手足となって動く以外の選択肢は与えられていないのであった。
―*―
中間試験の勉強時間が終わり下校時間を迎えたわけだが、僕はすかさずある場所へと足を向ける。
生徒会選挙関連で雨竜に呼び止められたんじゃ堪ったものじゃない、今日の放課後はそもそも予定があるのだ。
誰かに声を掛けられる前に生徒玄関へ向かい、校門から少し外れた場所で目的の人物を待つ。最初の待ち合わせ場所と変えたのは申し訳ないが、教室に向かうことは危険だと感じたので許してほしい。
僕なりに石橋を叩いて渡っていたはずなのだが、何とも見通しが甘かったようで、
「ああユッキー! こんなところにいた!」
朝から昼まで決して平穏を与えてくれないお騒がせガール、神代晴華に早速見つかってしまった。
「もう! 一緒に帰りたいから教室で待っててって言ったじゃん!」
ぷんすか頬を膨らませて怒る晴華だが、そんなこと言われていない。そんなラインが飛んできていたような気がしないでもないが、僕の記憶から抹消していたのでやはりそんなことは言われていない。
「いや、放課後は用事があるから無理だって言っただろ?」
「えっ、そんなこと言ってたっけ?」
「あれ?」
晴華が真顔で返すものだから僕の記憶を辿ったが、そういえばラインそのものの存在を抹消していたので返信もしていないんだった。僕ったらうっかりさん。
「用事があるなら仕方ないけど、できたら家まで送っていってほしいな。あたしの家すぐそこだし、ダメ?」
なあ諸君、晴華のようなトップクラスの美少女に上目遣いで懇願されて、どうやって断れと言うんだ? なんかもう存在そのものがズルい。その存在感を少し削って僕の身長に足してほしいくらいズルい。
「というか用事って何? まさか女の子とデートに行くとかそういう……!」
「全然違う。仮にも試験期間中だぞ、僕がそんな浮ついた人間に見えるか?」
「あはは、ユッキーが試験期間なんて気にするわけないじゃん!」
何笑てんねん。僕の最大火力デュアルチョップを脳天に噛ましてやろうか。
「デートじゃないならどういう用事?」
「あのな、どうしていちいちお前に報告せにゃならんのだ」
「ユッキーこそ変なこと訊かないでよ、好きな人のことなんて全部知りたいに決まってるじゃん!」
あんまり眩しい笑顔で言われるものだから、僕がすぐに二の句を継ぐことができなかった。彼女らしいといえば彼女らしいのだが、こうも真っ直ぐ気持ちをぶつけられると無感情でいるのは難しい。端的に言うなら照れ臭い、さすがに。
「それで、何の用事?」
このお嬢さん、それを聞くまではどうやら引く気がないらしい。
別に隠すようなことではないのだが、正直に言うなら周りに話したいことでもない。僕の今後に関わる大事なことの参考とするためにある2人から話を聞きたいのだが、相手方のデリケートな部分にも触れる予定なのだ、吹聴して回るものでもないだろう。
だからこそ、2人が目的地に来る前に晴華をこの場から引き離したかった訳なのだが、
「ゴメン廣瀬君! ちょっと遅れちゃった!」
「お待たせしました!」
そうする前に、今日の約束の相手、堀本翔輝と涼岡貴歩の2人がこの場に現れてしまった。僕を待たせてしまってはマズいと思ったのだろう、2人とも少しだけ呼吸が乱れている。
「ホーリーときほりん、もしかしてユッキーの用事って」
「そうだよ、2人に話す時間をもらってたんだ」
僕は体育祭の終了後、ある決意をした。それは、彼女を作るという、ある種低俗な願望とも言える決意だった。今の状況である程度満たされている僕が踏み込んだ関係を求めるようになるにはどうすれば良いか、それを恋人同士である2人から話を聞いて少しでも昇華させたい。僕の放課後の用事はそのことだった。
「神代さん、早く教室出たと思ったら廣瀬君に会いに来てたんだね」
「うん! ユッキーってば、目を離すとすぐに居なくなっちゃうからさ」
人を飼い猫みたいに扱うな。僕は僕、誰にも縛られることなく自由に飛び立つ一人の人間さ。と思ったけど絶賛雨竜に縛られているところだった、朝からイベントが多すぎて頭が回らないなおい。
「ねえねえ廣瀬君」
「ん?」
晴華と涼岡貴歩が談笑している間に、翔輝が2人に聞こえないよう声を落として聞いてくる。
「えっと、うまく言いづらいというか、神代さんの今日の様子を見てて思ったことなんだけど」
「……ああ」
ここまで聞いて、何を言われるかあっさり推察できてしまう。翔輝は晴華と同じ2-Cクラス、分かっていてもおかしくないと思っていたが。
「神代さんって、廣瀬君のことが好きなんだよね?」
やはり、翔輝が言いたいことはまさにそのことだった。どちらかと言えば鈍い翔輝が知っているということは、思った以上に拡散されていると認識していいだろう。
……てか、校門前であんなにはしゃいで噂をされない方が無理があるというものだが。
「その話、どれくらい広まってる感じだ?」
「いや、教室で神代さんが話しているのを聞いただけだからそんなには広まってはいないだろうけど。神代さんも自分から話しているわけでもなく、聞かれてるから答えてるだけみたいだし」
「成る程」
だとするなら、2-Cからその先輩や後輩へ話が広がるのも時間の問題だな。あの神代晴華が好意を向けている存在なんて、この学校にいる生徒なら誰でも知りたい情報だろう。僕もそれなりに聞き耳を立てて愉悦を感じていたに違いない、当事者じゃなければの話だが。
「廣瀬君、すごいね!」
「何が?」
「だってあの神代さんだよ!? 彼氏さんと別れたって話を聞いたときはもしかしてって思ったけど、廣瀬君が相手なら納得しかないや、うんうん」
かつては自分が恋をしていた人間だろうに、ただ純粋に僕への賞賛を語る翔輝。晴華もそうだが、なんでコイツはこんなに僕を好いてくれてるんだろうな。本当に有り難い話ではあるが。
「あっでも、廣瀬君は青八木君の妹さんのこともあるのか」
「ん。だから今日はお前たちに話を聞きたいと思ったんだ」
「うん、そういうことなら喜んで話をさせてもらうよ。参考になるか分からないけど」
「聞かせてもらえるだけ充分だ」
僕の相談をあっさり了承してくれる2人だったが、そうは言っても試験期間中の2人の時間をいたずらに奪うわけにもいかない。前談はここまでにして、さっさと場所を移してしまいたいところなのだが、
「よーし! それなら穴場の喫茶店教えてあげる! みんなあたしに着いてきて!」
ねえ、どうしてお嬢さんも着いてくるのでしょうか。
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