第18話 男子の妄想

「廣瀬先輩!」


後輩たちへの生徒会選挙活動が終わり、教室を出ようとしたところで、僕は蘭童殿に呼び止められた。

後ろにはちょっと不安げな表情を浮かべているあいちゃんもいる。



……あまりいい予感がしないな。



「僕? 雨竜じゃなくて?」

「はい! 試験勉強前の時間をいただいて申し訳ないのですが」

「じゃあ雪矢、俺は先戻ってるから」


念のため雨竜の名前を出してみたが、どこか決意のこもった瞳は真っ直ぐ僕を捉えていた。それを察してか早々に去って行く雨竜。


ますます嫌な予感がしてくるのだが、話を聞く前から蘭童殿を疑うというのは良くない。人を疑うことは最も恥ずべき悪徳だ、と走る野菜主人公も言っていたし。あれ、果物だっけか、まあどっちでもいいや。


「まずはお疲れ様です、廣瀬先輩が生徒会活動をされると思っていなかったのでびっくりしました!」

「わ、私もです! 廣瀬先輩、生徒会に入るんですか!?」


成る程、そういう風に捉えられちゃうのか。

後輩たちから受ける尊敬の念に罪悪感を覚えながらも、訂正作業に入る。


「違うぞ、雨竜の推薦人で選挙活動のフォローをしているだけだ。生徒会には興味ない」


自分の役割を噛み砕いて伝えると、蘭童殿から徐々に負のオーラが溢れ出る。


「……どうしてそんな大切な役割を私に譲ってくれなかったんでしょうか?」


ですよねー、蘭童殿ならそう仰いますよねー。僕ももともとそのつもりでしたしねー。


クラスの陰謀論によってハメられた旨を話してよかったが、それだと僕が可哀想だとか思われかねない。後輩たちに余計な心配をさせる必要はないし、ここは嘘だとしても蘭童殿のテンションを上げる方にシフトしよう。


「仕方ない、雨竜の計らいだ」

「青八木先輩の?」

「そう、生徒会選挙と中間試験が重なってるからな。蘭童殿には勉強を頑張ってほしいと雨竜は言っていた」


そう伝えると、蘭童殿は分かりやすく頬を染めた。いいよ蘭童殿、チョロ可愛いよ。


この事を雨竜に話されると整合性が取れなくなるが、それは雨竜がうまく話を合わせるだろう。気持ちの悪いくらい器用な男だからな。


「そ、そういうことでしたら、これ以上とやかく言うつもりはありませんが」


心を落ち着かせるようにコホンと息を吐く蘭童殿。推薦人の件は許されたようだが、まだ話は終わらないらしい。


「私が聞きたかったのは先程の青八木先輩のスピーチの件です!」

「それがどうかした?」

「あれ、廣瀬先輩が考えましたね?」


突然の指摘に僕は思わず目を丸くする。

どこで気付かれたのか、僕の策略程度、蘭童殿にはお見通しだったらしい。


「よく分かったな」

「当たり前です! 私たちが出した意見なんて、青八木先輩が思い付かない訳ないじゃないですか!」


その通り、雨竜を知ってる人間からしたら不自然極まりない。


「そ、それに、廣瀬先輩が自分から目立つようなことはされないと思ったので……」


そう言ったのは蘭童殿に後ろで照れ臭そうにしているあいちゃん。あいちゃんが僕のことを分かってくれている、それが分かっただけでもこの上ない収穫だったのではなかろうか。やっててよかった推薦人。


「私たちと交流したい意図は理解できましたが、青八木先輩が馬鹿に見える作戦はよくありません! 公約も準備していないやる気なしと思われるかもしれないですし」


ここまでは何も言い返せる要素がない正論である。1分しか作戦を考える時間がなかったというのはあるが、蘭童殿たちには関係ないしな。


と、ここまでくれば蘭童殿が僕を呼び止めた理由を推察することができる。最初に感じた嫌な予感も踏まえると、


「というわけで! 青八木先輩が1年生とカッコよく交流できる方法を考えました!」


それはもう楽しそうな笑みで、蘭童殿は僕が予想した通りの言葉を言い放った。ああ、やっぱりこういう展開なのね。蘭童殿はいっぱい考えて偉いね。


「言葉で説明することもできるんですが、せっかくなので実演しますね!」

「実演?」


雨竜がすべき行動を蘭童殿が実際に見せてくれるということだろうか。今までの蘭童殿アイデアは基本的に現実的ではないという欠陥を生じていたので大きな進歩である。


「空ちゃん、ホントにやるの……?」

「もちろん! じゃなきゃ廣瀬先輩も要領得ないだろうし!」

「そっか……やるしかないんだ……」


どうやら実演にはあいちゃんも参加するようだが、端から見てもはっきり分かるくらい浮かない表情をしている。


この時点で良い予感はしないのだが、実演はできるというところに一縷の望みをかけたい!


「じゃあいきますよ!」


その合図で、蘭童殿は僕から少し離れた位置に立ち、あいちゃんは視界から居なくなる。


すでに試験勉強を始めなければいけない時間、この子たちは何をやってるんだろう。


「皆さんこんにちは。僕が生徒会長に立候補した青八木雨竜です!」


しばらくすると、蘭童殿が雨竜の声色を真似して(似てない)スピーチを始める。成る程、蘭童殿が雨竜役をして、あいちゃんが僕役をするといった感じか。


「僕が生徒会長になった暁には、体育館がより効率よく扱えるよう、第三体育館の設置を進めていきます」


すげえなウチの生徒会、学生の身分で体育館増設できちゃうのか。設置の検討じゃなくて進めるって言ってるのがヤバい、蘭童殿の中の雨竜はここまでできちゃうらしい。なんかできそうで怖い。


「う、動くな!」


壮大なマニフェストを語る蘭童殿(雨竜)、言っていることは校長でも達成が難しいんじゃないかと考え始めた頃、もう1人の後輩が動いた。



「……」



僕は絶句する。もう1人の可愛い可愛い後輩たるあいちゃんは、ハンカチのようなもので顔を隠しながら、ボールペンのようなものを蘭童殿へ向けていた。とてもへっぴり腰だった。


「こ、この学校は占拠した! 死にたくなければ大人しくすることだな!」


何故か知らないが、顔が隠れているにも関わらず、あいちゃんの顔が真っ赤に染まっていることを理解した。何なら目元が潤みまくっていた。とても可哀想だと思った。


「はは! そうはさせんぞ悪党め!」


対照的に、蘭童殿はとても楽しげ。学校に入り込んだ侵入者へ飛び掛かる。


「あっ」

「そ、空ちゃん!?」


バランスを崩したのか、蘭童殿はうまくあいちゃんを成敗できず、2人仲良く廊下でおねんねする。君たち、短いスカート履いてるの忘れてるのかな。まあ僕にとっては役得だから指摘はしないが。ごちそうさまでした。


「廣瀬先輩、ちゃんと見てくれました?」


腕を組んだまま待機していると、蘭童殿は自信ありげな表情で僕の方へ歩み寄る。


ちゃんと見たというのは下着の話だろうか?


「バッチリだ。2人とも健康的だな」

「健康的? 最後のはちょっと失敗しただけで青八木先輩ならもっとスマートにやりますからね?」


どうやらコントの方だったらしい。誠に遺憾ながら、見ろと言われずとも目に入っております。


「うう……もうお嫁に行けない……」


そして加害者役だった被害者は、顔を押さえながら身体を震わせていた。どうしてあいちゃんはこの役を受けてしまったんだろうか。僕が間に入っていれば止められたかもしれないが全て後の祭り、親友の暴走に巻き込まれるのはとても大変である。


「とりあえずやりたいことは分かりましたよね、学校に入ってきた侵入者を華麗に成敗するやつです!」

「うん」


僕はにっこり蘭童殿へ返す。感情はないけどにっこり返す。


「青八木先輩ならやれて当然ですからね、これで先輩は私たちとカッコよく交流できます!」

「うん(にっこり)」

「侵入者役を廣瀬先輩にお願いしたいのですが、それだと仕込みがバレバレですからね。緊張感まで考慮するなら私たちの知らない人選をするしかないです」

「うん(にっこり)」

「というわけで廣瀬先輩、侵入者を捜してきてもらっていいですか!?」


この案は、不採用となりました。

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