第17話 後輩掌握
昼休みという名前にも関わらず、精神的にまったく休まらないまま午後の授業に入る。
前半は生徒会で、後半はハレハレ。フル出場の雨竜。このメンツで心が休まると思っている方が愚かである。晴華や美晴はまだいいとして、生徒会の方々はさすがにパンチが強すぎた。該当人物は1名だけだが、野放しにしている周りも悪いので連帯責任である。
とまあ、授業を無視して脳内で振り返りを行い、徐々に精神を安定させていく。乱れた意識のままでは工作にも支障が出るからな、今日こそ立派に空を舞う凧を作成し、可能な限り高度を上げてみせる。
そう息巻いていたのだが、僕には休み時間がなかった。
「廣瀬って、神代さんと付き合ってんの?」
「腕組んで歩いてるの見たってやつがいるんだけど」
名前も知らないクラスメイトから、晴華との関係を聞かれて時間が潰れてしまったのである。
僕には凧を完成させるという京都議定書より大切な使命があるというのに、何故そんな受け答えに時間を使わなくてはいけないのか。
サクッと否定して話を終わらせたかったが、やけに食い下がられ、いつの間にやら次の授業のチャイムが鳴ってしまう。
悲しいことに、美晴プロデュースの外堀作戦は、嫌な意味で僕に影響を与えていた。
しょうがない。誠に遺憾だが、授業時間を使わせてもらう他ないようだ。
次の授業は、成る程、長谷川先生の化学。担任の先生の授業を無碍にするなんて僕の繊細すぎる心が痛んでしまうがこれも経験、この傷を乗り越えて成長しようじゃないか!
「廣瀬、せめてコソコソ作業してくれ」
「コソコソ作業って、悪いことしてるみたいじゃないですか」
「悪いことしてるんだよ」
注意はするもののまるで止める気がない長谷川先生。ありがとうございます、物理の点数と完璧な凧上げで返すので待っててください。
ー※ー
「雪矢、これから1年生の教室行くぞ」
放課後を迎えると同時に、学校一の美少女にさえ塩対応できると評判の塩の神が声を掛けてきた。
「ふざけるな。僕はこれから凧上げに行くんだよ。今この瞬間、凧上げより大事なことがあると思ってるのか?」
「間違いなく試験勉強だろうな」
「そんなもん学生のやることだろ!」
「お前はいったい何者なんだ……」
この野郎、僕の凧上げ魂に水を差すようなこと言いやがって。たった今生を受けた凧に空の快感を味合わせたいという親心が分からないなんて、コイツに凧を上げる資格はないな。
「生徒会選挙の活動に行くって言っただろ、こっちが先約だぞ」
「先約なんて知らん。凧は今空を舞いたがってる」
「はあ、そんなんじゃ凧が可哀想だな」
「何?」
「その凧の製作者は、先約すら守れない人間なんだぞ? 例え元気に空を舞おうとも、凧の中にその事実は残り続ける。果たして生みの親の悪行を背負ったまま、凧は高く飛んでくれるんだろうかね」
「まさか……」
雨竜の指摘を受け、僕は手に乗った出来立てほやほやの凧に目を向ける。最後に描いたまん丸黒目が、僕の悪行に物申すかのごとく真っ直ぐ貫いてくる。
「……そうか、約束は守るべきか。お前が言うなら仕方ないな」
「もしかして凧と喋ってる?」
生みの親として、凧に正しい道を教えなければならない。コイツだって、ただ空を舞いたいわけじゃない。何の不安も憂いもないまま、僕と一体になりたいに決まっているのだから。
「助かった雨竜。生まれたばかりの我が子に余計な業を背負わせるところだった」
「凧上げってそんな深刻な競技ではなかったと思うんだが」
ごく稀にいいことを言う雨竜にグラニュー糖一粒程度の感謝を抱きながら、本題へ戻ることにした。
「それで、後輩のクラス行って何をするんだ?」
街中でよく見る演説を参考にするなら、雨竜が生徒会長になった場合のメリットを主張していくべきなのだろうが、ここはどこにでもある学校の一つにしか過ぎない。同じように考えて問題はないのだろうか。
「それが雪矢君の仕事なんですよねー」
割と思考を真面目モードに切り替えたというのに、生徒会長立候補者さまは、あろうことか軽口で僕に丸振りしてきた。
「俺が普通に話してもいいけど、それじゃつまらないからな。後輩たちもそこまで生徒会選挙に興味ないだろうし、彼らが前のめりになって聞いてくれる方法を所望したいところだが」
「無茶振りが過ぎるだろ……」
去年の生徒会選挙すら覚えていない僕にどうこうできるとは思えないんだが。僕がいくら凧上げの良さを語ったところで、興味のない人間の関心まで引けないのと同じ。それを後輩のクラスに行く前に考えろとは、僕が社会人ならパワハラで雨竜はクビになっているところである。
だいたいつまらないってなんだ。青八木ブランドがあればそれだけで多くの人間は虜にできるだろうに。
……うむ、青八木ブランドか。
「雨竜、一つ思いついた」
脳内に浮かんだ僕のアイデアを伝えると、雨竜は怪訝そうに眉を顰めた。
「そんな方法でなんとかなるか?」
「知るか。カップラーメンも食べられない時間で考えたんだ、文句言うな」
「まあいいか。お前が言うようにうまく行くなら選挙に興味持ってもらえそうだし」
「言っとくがお前次第だ。進行でポカしたら関心は引けないからな」
「大丈夫だろ、そういうのは慣れてるし」
鼻につく話だが、青八木雨竜の『大丈夫』ほど信用できる言葉もないだろう。
さて、それじゃあ後輩たちのクラスに討ち入りといこうじゃないか。
ー※ー
「失礼します」
数分後、すでに終礼が終わったらしい1年のクラスへ入る。放課後の試験勉強が始まる前ということで少しざわついていたが、青八木雨竜の入室により明らかにクラスの様子が一変した。
「廣瀬先輩!?」
雨竜に色めき立つ女生徒たちの中、僕を呼ぶ声が1つ。そちらへ目線を向けると、目を丸くしたあいちゃんの姿があった。その隣には雨竜を見つめる蘭童殿、どうやら2人のクラスだったようだ。
「こんにちは、俺は2年B組の青八木雨竜です。試験期間中に申し訳ないんですが、生徒会選挙の件で少しだけ時間をもらってもいいでしょうか?」
後輩相手にも関わらず、丁寧に話を進める雨竜。後輩たちも、生徒会選挙という単語で雨竜が教室に来た意図を理解したようだ。
「今回生徒会長に立候補ということで、自分に投票してもらえるよう公約を語るって言うのが通例なんですが」
そこまで言って、雨竜は困ったように頭を掻く。
「すみません、実は無策でここに来てます。皆さんに伝えられる公約がないってことですね」
教室内がざわつく。そりゃそうだ、生徒会長になりたい奴が、投票してもらう相手に無知を晒しているのだから。
「おい。お前そんな体たらくで後輩の時間奪ってるのか?」
すかさず僕は雨竜へツッコミを入れる。
それに対して、雨竜は少々大袈裟に両手を広げた。
「そうは言ってもな。ウチの学校けっこう充実してない? 公約に掲げられることがないんだけど」
「馬鹿ちん、だったら第一体育館にクーラーを付けろ。第二体育館だけに付いてるのおかしいだろ」
「成る程、それもらうか」
「もらうじゃない。僕からアイデア奪ったんだ、公約に掲げる際は僕の名前を添えてもらう」
「へいへい、がめつい野郎だなお前も」
「当然の使用料だろ、グダグダ言うな」
そこまで言って僕は引っ込む。長々と前振りしたんだ、後は雨竜のお手並み拝見だ。
「他にアイデアはあるかな。大したことはできないけど、公約が叶った際にはもちろんみんなの名前を出させてもらうけど」
僕が考えたのは、後輩たちから雨竜へアイデアを伝える状況を作ることである。
こうすることで、後輩たちは学校をどうして行くべきか頭を悩ませ、自身のアイデアを雨竜に伝えるようになる。生徒会選挙に積極的に関わろうとしていると言っても過言ではないだろう。
さらに、案が採用されれば『青八木雨竜を助けることができた』という、青八木ブランドに深く関わることができる。この学校では知らない人はいない青八木雨竜に名前を出してもらえるのだ、人によってはちょっとした自慢になるだろう。箔がつくと言ってもいいかもしれない。
「うーん、それはちょっとなしかな。でもアイデアは嬉しい、ありがとう!」
「面白いな、それは公約に入れさせてくれ!」
いつの間にか敬語が抜けて、雨竜はフレンドリーに後輩たちと意見を交換していく。後輩たちからも緊張は抜け、どんどん手を挙げ主張するなど、それなりに楽しそうに見えた。
まったく、後輩たちの考えそうなことくらい、コイツの頭にもあるだろうに。
僕は改めて、青八木雨竜のコミュ力の高さに驚かされるのであった。
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