第16話 満足

「それじゃあみんな、あたし体育だから先行くね!」


台風のごとく暴れ回った晴華は、さも満足したかのように笑みを見せると、一足先に食堂から出て行ってしまう。


「はあ」


食器を片付けながら思わず溜息が漏れる僕。好意が嬉しくないなんて言うほど薄情なつもりはないが、さすがに疲労が溜まってしまう。恐ろしいまでにエネルギッシュな女子だ。


「雪矢君、大変だね」


とても発言とは一致しない笑みを浮かべるのはそんな晴華の親友さま。


「他人事みたいに言うな、一枚噛んでる癖に」

「えっ?」


頭に疑問符を浮かべる美晴だったが、そんな表情されても僕は騙されないぞ。


「今日の晴華の行動、思い返すとおかしいというか、あいつにしては過剰なところがあった。僕との関係を周りに見せつけるだってあいつの発想にはないだろ」

「それは晴華ちゃんを見くびりすぎじゃないかな? 晴華ちゃんだってそれくらいはやれる子だよ」

「選択肢としてあればな。入れ知恵したのは間違いなくお前だろ」


教室へ戻りながら、軽く美晴を追及する。


朝のことも、普段の女子との距離感を考えれば晴華の行動の範囲とも取れなくはないが、男子の僕にまで照れ臭そうに触れ合うのはさすがに違和感があった。


恋愛感情が爆発したなんて言えば聞こえはいいが、純情な晴華にしてはハードルをいくつも超えているような気がする。間違いなくブレーンがどこかにいるはずだ。


「あはは、具体的な行動までは指示してないんだけどね」


すると美晴は、観念したように苦い笑顔を見せた。


「お休み中に晴華ちゃんから相談があったからね、雪矢君と踏み込んだ関係になるにはどうすればいいかって。晴華ちゃんすごく真剣だったし、無碍にはできなかったんだ」

「ちなみに、なんて言ったんだ」

「恋人とするようなことを意識してみたらと、周りの目は気にしない、むしろ味方にするくらいがいい、の2つかな」


成る程。それが今日の晴華の行動に繋がるわけか。


腕を組んだりご飯を食べさせたり、晴華の思う恋人としての振舞い。これらは美晴の言葉を受けて実践したわけだ。僕が抵抗するのも織り込み済みだったんだろうな、やけに強気だったし。


「さっきの様子を見るに、雪矢君にも効果はあったのかな?」

「うるさい。晴華にああされて狼狽えない男がいるなら連れてこい」

「雪矢君の隣に居そうだけど」

「こいつは人じゃないからノーカウントだ」

「おい、人を人外扱いするな」


僕らの話をだんまり聞いていた雨竜だったが、神扱いされることには文句があるらしい。神なのに。


「人外も人外だろ、さっきの晴華の行動見ても普段通りご飯食べてた癖に」

「あくまで俺は第三者にすぎないからな、愛されてるユッキーさまと違って」

「ほう。つまり自分ごとになれば人並みにドキドキワクワクすると?」

「いや、神城さんなんか頑張ってるなってなる」

「なんでやねん」


目の前のイケメンには本当に男性器が備わっているのだろうか。だからお前は人じゃないって言われるんだ、主に僕から。


「ふふ、2人は相変わらずだね」


僕らのやり取りがおかしかったのか、いつもより無邪気に笑う美晴。


「コラ、笑ってる場合じゃないぞ。人にアドバイスしてる暇があったら自分も実践してみたらどうだ」


自分の恋愛を棚に上げてアドバイスするなとは言わないが、具体的な行動をほとんど起こさない美晴には改めて喝を入れなくてはならない。せっかく雨竜もいるのだ、晴華を見習ってデートの1つでも取り付けて欲しいものだが。


「よそはよそ。うちはうち、だよ」


さすがはポンコツ代表。ある意味予想を裏切らない田舎のお母さんみたいな言葉が返ってきた。


はあ、本当にミステリアスな女子である。こうしてみたら雨竜相手に緊張しているように見えないというのに、僕を挟まないと会話ができないなんて謎も謎なんだが。


ただ、蘭童殿や真宵と違って、雨竜を名前で呼べるというアドバンテージがある。それを雨竜が嫌がっている様子もないし前向きに捉えたいところだが、いかんせん本人にやる気を感じられないからな。僕もどうアドバイスしたらいいか分からないのである。


しょうがない。強引だが、イケてるメンツ君に動いてもらおう。


「雨竜、美晴に何か質問しろ」

「はあ? 藪から棒になんだ」

「いいからやれ。会話を膨らませる練習だ」

「なんなんだいったい……月影さん、体育祭どうだった?」


僕に対しては面倒な顔色を見せておきながら、人が変わったように美晴へ話を振る雨竜。ほとんど間がなかったせいで、別の生き物でも乗り移ったのかと思った。切り替えが早すぎて怖いのだがこの男。


「楽しかったよ、今年はたくさん関われたし」

「だよね。去年だったらこんな質問できなかったんだけど、あんなに堂々と応援優勝のトロフィー掲げてたら流石にね」

「雪矢君のおかげだよ。太鼓役で声かけてくれなかったら、準備期間含めてあそこまで楽しめなかったし」


純度100%の美晴の主張を耳にしながら、チクりチクりと心臓にトゲが刺さる僕。


ああ、誰か美晴の脳内に『廣瀬雪矢は豪林寺先輩に褒められたかっただけ』と違法配信していただけないだろうか。今なら投げ銭千円入れられるから。


「こっちも雪矢のおかげで楽しませてもらったな。二人三脚辞退したときはどうなることやらとは思ったけど、まさか騎馬戦で勝負を挑んでくるとは。しかもジャンプしながら鉢巻奪いにくるんだからたまんないよ」

「騎馬戦の雪矢君、ホントにカッコ良かったな。周りの歓声も凄かったし、一躍時の人だったね」


ちょっと待って。それって本人前にしてする話題なの? 僕はどんな顔して聞いてたらいいの? 美晴に話をさせたい手前会話には混ざらないが、流石に全力でぶち切りたい。


「まあ当の本人は全く興味がないからね、負けたと思ってるからずっと機嫌悪かったし」

「あはは、そこを含めて雪矢君らしいよね。おめでとうとかすごいって言葉に毎回反論してたし」

「素直に受け取ればいいのに、一切譲らないからなあ雪矢は」

「素直に受け取らないから雪矢君なんだよ」

「確かにそうだ」


おっと、これはけっこういい感じなのでは? 話の内容については赤点オブ赤点ではあるが、キャッチボールがスムーズに進んでいる。前を走ってる2人がイケイケタイプだから、ゆっくり話せる美晴との光景は新鮮で悪くない。


「それじゃあ月影さん、またね」

「うん」


そうして、話が途切れることなく続き、2-Dクラスに着いてようやくお開きとなった。


よかった。非常によかった。これだけ話せるなら僕はいらないし、強力なライバルたちとアプローチも違うから逆転が全然考えられる。


彼女を育ててはや1年、色々山あり谷ありだったが、ようやく僕の努力も花開くようになったんだな。


「雪矢君」


腕を組みながら軽く頷いていると、教室に入ったはずの美晴が戻ってきた。


雨竜は行ってしまったというのに何だろうか?


不思議に思いながら美晴の動向を窺っていると、彼女との距離が思ったより近くなり、綺麗な顔が僕の耳元まで来たかと思うと、




「雪矢君が満足してくれたなら嬉しい」




そう言っていつものように微笑んでから教室に帰っていった。



脳が数秒フリーズする。



……えっ、満足するのって僕なの? 雨竜と話せた美晴じゃないの? もしかしてあの人、心とか読めちゃうの?



なんとか頭を整理しようとするが、次々に疑問が湧いてきて留まる気配がない。



予想だにしない言葉をぶつけられ、僕の頭は休まる暇もないのであった。

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