第15話 何が何でも
「おお、今日は空いてるねえ!」
「時間帯が遅いだけだろ」
晴華に半ば強引につれてこられた食堂は、いつもより人が少なかった。席を取るのも本来一苦労なのだが、こんな風に空間にゆとりが出るなら遅い時間に食堂に来るのもありかもしれない。
ただし、晴華に引っ張られる姿を教室に戻る生徒たちに見られるのは2度とゴメンではあるが。あれほどさらし者に感じた時間はここ最近なかったというのに。
僕と雨竜、晴華は定食を頼んで美晴が座るテーブルへと向かう。食券を買ってから1分も経たずに食事を運べるなんて、遅い時間特典はなかなか悪くないな。
……このメンツのせいで、人数が少なくても注目を集めてしまうようだが。頼むから揃いも揃って発光しないでくれ、深海生物じゃないんだから。
「いただきまーす!」
晴華の音頭で昼食を摂り始める僕ら。忙しなく動く晴華の横で布巾を準備する美晴の姿はもはや見慣れた気がする。いや、見慣れるほど2人と食事はしてないはずだが、妙にデジャブを感じるというか。
……ああ、食事中の父さんと母さんに似ているからだ。黙々と食事に勤しむ母さんに絶妙なタイミングで飲み物を注ぐ父さん。非常に遺憾ながら相性が良いと言うことだろう、謎の安心感があるし。まあ父さんは僕の方が相性良いですけども。
「ユッキー春巻き好き?」
そんなことを考えていると、晴華が自分の定食メニューである春巻きを箸で掴みながら問いかけてきた。
「嫌いではないな」
「そっか!」
ただの雑談に花が咲くような笑顔を見せる晴華。何がそんなに楽しいのやらと疑問を抱いていると、晴華はニコニコしながら春巻きを掴んだ箸をこちらに向けた。
「じゃあユッキーにあげる!」
いやいや、このお嬢さんの公衆の面前で何をやっているんだ。
公衆の面前でなくても良くはないが、近隣の生徒たちが明らかにこの光景に目を奪われている。美晴でさえ少々驚いているように見える。
「ほらユッキー! 早くしないと落ちちゃう!」
「いや、くれるなら皿に置いてくれればいいんだが」
「それじゃあ貴重な春巻きを犠牲にしてる意味ないから!」
「貴重ならわざわざ僕にくれなくても」
「つべこべ言わずに食べる!」
「んっ!?」
冷静に言葉を並べていたはずなのに、いつの間にやら晴華に春巻きを口に突っ込まれた。ここまでされたら皿に戻せと言うこともできず、大人しく咀嚼する。
「にひひ」
当の本人は悪びれる様子もなく、自分の箸を見ながらそれはもう嬉しそうに笑う。
こんな風に笑顔を見せられたら怒るに怒れないじゃないか。
「俺たちはお邪魔かな?」
「お邪魔だね」
「おい」
隣のイケメンと斜向かいの美少女がここぞとばかりにからかってくる。というか雨竜、お前は妹さまの味方じゃないのか。この状況を楽しんでんじゃねえよ。
「ねえユッキー、ミートボールは……」
「待て待て、お前はお前でマイペースか」
僕らのやり取りなど知らぬように、自分の皿から僕にあげられそうなおかずを探している晴華。どうして僕の周りはこう忙しないのか、安寧の時を過ごしたいといつも望んでいるというのに。
「僕を餌付けしたいのか知らんが、こんなことで僕の心は揺さぶれんぞ」
「それはどうかなぁ、少なくとも他の生徒たちにはあたしとユッキーがただならぬ関係に映ったと思うけど」
どこか色香を感じさせるように晴華は目を細めて笑った。無自覚なのか、普段の無邪気さが抜けると途端に扇情性が上がるな。真宵と違ってギャップの魔力が凄まじい。
「食堂に来る時もユッキーに引っ付いてたからね、みんなにあたしの気持ちがバレるのも時間の問題だよ!」
成る程、元々気持ちを抑えるようなタイプではないと思っていたが、ここまで露骨な理由はそれか。周りに自分の気持ちを周知させて外堀を埋める作戦。
「やりたいことは分かったが、それで僕を丸め込めるとは思ってないだろうな」
晴華ほどの影響力のある人間に好かれているというのは簡単に無視できることじゃない。周りの圧力を使って逃げ道を塞ぐというのは実際にある戦い方だし。
だが、そんなことで動かされる心だったら、中学3年間確固たる意思で友人を作らずにいられるはずもない。周りの声などに僕は流されない、僕の気持ちは紛れもなく僕だけのものだ。
そんなことは晴華も分かっているはずなのに、どうしてこんな行動を取っているのか。
「そうは言っても、あたし落第してるじゃん?」
晴華は少し気まずそうに後頭部を掻くと、真っ直ぐ僕を見据えた。
「梅雨ちゃんとは立ち位置が違う。ユッキーはあたしと友人関係を望んでる。その状況を壊すために、あたしはやれることを全部やりたい。ユッキーに彼女ができるまでは、絶対に諦めたくないから」
「それが、僕の嫌がる行動かもしれなくてもか?」
晴華の気持ちは嬉しいが、目立つような行動を避けたいと常日頃から思っている。その結果、僕の好感度が下がるようなことになっても、彼女は何も問題ないというのか。
だからこそ強めの語調で尋ねたのだが、
「あはは、ユッキーにしては今更なこと言うね!」
晴華は僕の警告など関係ないように口角を上げる。
「あたし、今までユッキーの嫌がることしかできてなかったと思うんだけど?」
さも当然のように言われ、僕は面食らう。
確かに僕は、晴華を友達と認識する前も後も、彼女の行動を好意的に捉えたことは少ない。振り回されてうんざりしていたことの方が多く感じる。
「散々好き放題やってもユッキーはあたしと友達でいてくれるんだから、そんな言葉じゃブレーキにならないよ。今度は好き放題やって彼女にしてもらうの、その方が楽しいに決まってるし!」
「……楽しいのはお前だけだろ」
彼女の宣誓に呆れながらも、悪い気がしていないのだから心底自分自身にも呆れてしまう。
晴華の優位性を崩すなら友達の前提を変えるべきだが、彼女との今の関係を否定する理由が何もない。
成る程、これは一本取られたというべきか。常にエネルギッシュな晴華は眩しいほどに前向きなのだ。
「どう今の! ドキッとした?」
「するか。今後の学校生活想像してヒヤッとしたわ」
「うーん、さすがユッキー手強い!」
「晴華ちゃん、私はドキッとしたよ」
「ありがと〜ミハちゃん! さすがあたしの大親友!」
晴華の目線が美晴に移り、僕はようやく解放されたような気分になる。これから今まで以上に振り回されるのかと思うと、落ち着いて昼休みを享受できない。本当に欲張りな悩みだよなこれは。
「いやあ、めちゃくちゃ濃い昼休みだな。前半戦含めて」
全くもって同意だが、少しくらい休憩時間をください。
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