第7話 立候補

雨竜に挑む際は必ずワンクッションを挟み様子を見る、という廣瀬雪矢の脳内法律に加筆完了した頃、今日も今日とて怠そうに肩を落としながら長谷川先生が教室に入ってきた。


「ふぁあ、おはよう皆の衆。体育祭お疲れさん、振り休はしっかり休めたかね」


大きな欠伸を一発かまし、頭をガサガサと掻き乱す長谷川先生。出雲さんから鋭いオーラが発せられているので、もう少ししっかりしてください。


「ちなみに先生は仕事だ、何がどうして休みを放棄して試験問題を作らなきゃならないんだ」

「今まで怠慢してきた自業自得ですよね」

「ちょ御園、ちょっとした前談にマジで返さないで……」


教室内に軽い笑いが生まれる。2-B名物、というより1-Bより続いている教師と生徒の毒舌コントの切れ味は今日も健在だ。


「そんなわけで、体育祭の興奮冷めやらぬ中だが、2週間後は中間試験だ。サクッと頭切り替えて勉強に励むように」


笑いの後には、分かりやすく不満の声が漏れる。


2学期は体育祭や学園祭とイベントが多いが、定期試験もなくならないわけだから常に何かに向けて動いている印象がある。日々を自堕落に過ごすよりはよっぽどマシだが、さすがにやる事を詰めすぎだろ。


「廣瀬」

「何ですか?」

「今回は何を頑張るんだ?」

「化学ですかね」

「今回の試験、物理が難しくなりそうなんだ。平均点があんまり低いと先生が怒られる、物理にしてくれ」

「まあいいですけど」

「恩に着る」

「……何ですかこの会話」


頭を下げる長谷川先生を見て困惑の声を漏らす出雲だが、僕と先生のやり取りも大体こんな感じだ。先生は僕の遅刻を何故か大目に見てくれるからな、僕の心からの謝罪が効いているからだろうけど。


そんな先生の取り立てて難しくもない依頼くらい聞いてやるのがスジというものだ。まあ僕1人が良い点取ったところで平均点が上がるとも思えないが、120人テスト受けるわけだし。


「とまあ先生の懸念もなくなったところで中間試験の話は終わりだ。いつもの如く物理化学及び数学ちょこっとなら対応できるから質問あったら聞いてくれ」


教室に入った時より明らかに表情が明るい長谷川先生に戸惑いを隠せない生徒一同。どれだけ難しいテストを作っているのか、それとも試験範囲そのものが難解だからテストが難しくなるということだろうか。いずれにせよ、物理に関しては良い意味で皆の刺激になったことだろう。


「あっ、それともう1つ。中間試験の最終日に生徒会選挙がある。勉強との両立で大変だが内申に関わってくるからな、推薦狙ってるやつらは是非立候補してくれ」


生徒会選挙という聞き慣れない言葉に思考が一瞬止まる。


生徒会という単語自体は理解しているが、ウチの学校にそんなものがある認識がない。今年もやるなら去年もしているはずなのだが記憶にない。当時は学校行事に興味がなかったからな、ある意味仕方ないことである。


「と言っても好き好んで出るやつがいないのは理解してるからな、先生だってみんなのこと知ってるし」


若干気味の悪い発言をする長谷川先生。ものすごいドヤ顔をしているが、生徒について質問したら時間いっぱい考えた上で間違えそう。



「というわけで先生からの推薦だ。青八木、生徒会長に立候補しろ」



さらっと紡がれた言葉に、誰も不自然に湧くことはなかった。それが当然であるかのように、生徒の視線が雨竜に注がれる。



「俺ですか?」

「いやいや、どう考えてもお前しかいないだろ。生徒会は部活と兼業で構わないし、お前なら問題なくやれるだろ」

「いえ、先生ならとりあえず雪矢にスポットを当てると思ったので」

「生徒会は優秀な人材を求めてるが、それ以前に人気商売だ。尖りまくってる廣瀬じゃ不信任一直線だろ」

「確かに」



ちょっとー? 本人前にしてやる会話じゃなくないですかー? 生徒会なんてどうでもいいが、先生から容赦なくディスられているのが腹立つ。僕の励む教科、化学に変えてもいいんですよ?


「っ……!」


おい出雲、顔を背けて笑ってんじゃねえ。肩思い切り震わせてバレバレだからな。こういうときにフォローに入るのが友達ってやつじゃないのか、雨竜といい人の劣勢を楽しそうに笑いやがって。寛容な僕でなければ既に法廷で顔を合わせているところだ。


「その点お前なら誰も文句は言わないだろ、イベント対応もきっちりこなしてくれそうだしな」


生徒たちが雨竜に向けてそれはもう熱心に頷く。


面白みもないほどに完璧な男だが、それ故に向けられる信頼は誰よりも厚い。生徒会長になればより良い学校生活を送れると思う人間は多いだろう。


ここまで外堀を埋められたんじゃさすがの雨竜も断れないだろ。長谷川先生、意外と策士だな。生徒会なんて興味なさそうなのに。雨竜を生徒会長にするよう校長にでも脅されたんだろうか。


「はあ、分かりました。生徒会選挙に立候補します」


その発言に、何故か巻き起こる拍手の嵐。既に当選したかのような空気であるが、まだ何も始まっていない。どれだけ徳を積んだらこれだけ信頼されるのだろうか。



「その代わり、1つだけ条件があります」



拍手が鳴り終わった後、雨竜が空気を読めないことを言い始める。あれだけ騒ぎを起こしておいて立候補しない可能性があるのか。



「確か生徒会選挙って、立候補者の応援演説や選挙前までのフォローをしてくれる人が必要になると思うんですけど」



へえ、生徒会選挙ってそういうのがあるのか。確かに衆議院や参議院の選挙でもフォローしてくれてる人達っているし、街頭演説なんかも結構目にする。そこまで大規模なことはしないだろうが、確かに立候補者をフォローする役回りは必要だろう。


でも、それの何が問題なんだ。コイツの応援演説したい人間なんて引手数多だろうに、何なら蘭童殿や真宵あたりにやって欲しいまである。


もしかしてお願いしたい人でもいるのかと第三者的に考えていたら、隣の信頼厚志君が、僕に指を差しながら長谷川先生に顔を向ける。



……ちょっと待ってよ雨竜君。散々僕のことこき下ろしておいて、冗談だよね?



「その役を雪矢がやるってのが生徒会長に立候補する条件ですね」

「了解した、その条件呑もう!」



ねえねえ!? それ本人の許可取りました!?

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