第6話 花言葉

「朱里、私やったわよ」とご満悦な出雲は、他の生徒が登校してきたこともあり、自分の席へと戻っていった。今までどれだけ頑張っても勉強では勝てなかったのに、不意に発生した『お褒めイベント』であっさり勝利を上げてしまうとは、何とも複雑な心境である。


「お前な、あれだけノリノリで受けておいてふざけるなよ」

「いやいや、真面目に勝負してただろ。確かに御園さんは強敵だったが」


そしてこの男、残念ながら全力を出してあの体たらくらしい。姉や妹を褒めることにどれだけ拒絶反応があるんだ。まああの姉妹に挟まれていることを考えれば多少同情はできなくもないが、だったら勝負に挑むなと僕は言いたい。あんなにもスパスパ回答できない青八木雨竜を初めて見たかもしれない。


「まあ当然の結果というやつだろう、お前には女心のおの字も理解出来ていないようだからな」

「その言葉、そっくりそのまま返させてもらうが」

「確かに。今までの僕なら女心など気にするつもりもなかったわけだが、あくまでそれは今までの僕。恋愛というものに関わっていく以上、避けては通れない難題だからな」


晴華からの告白を受け、僕自身積極的に恋愛へ関わろうという決意をしてきたものの、具体的に何をしていこうとは決めてはいなかった。


そのスタートが女心の理解。母親のせいもあってか半ば諦め掛けていた命題ではあるが、僕を好いてくれている人たちがどういったことに重きを置いているか、逆にどういったことはして欲しくないないかなど、より深いところで理解していきたいと思うのだ。


とはいえ漠然としていて難しいことには変わりない。僕は僕なりにこの命題を紐解くためのアプローチをしていくしかない。


「勉強したところで女心が理解出来ると思わんが」

「抜かせイケメン。僕はやると言ったらやる。すでにその一歩は始まっている」

「へえ、何の勉強をしてるんだ?」

「これだぜ」


そう言って僕は、持ってきていた本を見せる。


「『花言葉・花一覧』って、どういう経緯?」

「お前はホントに察しが悪いな、女子というものは花が好きなんだ」


ウチの母親はまったく当てはまらないが、あれは女子ではなく父さん大好き生命体なので除外。


「しかも花にはそれぞれ特有の意味を持つ、それが花言葉。プレゼントする花というのは定型的に決まってはいるが、花言葉を理解し常識を乗り越えた末、女子に喜ばれることができたなら、女心を理解したっ言っても過言ではないだろう」


僕の完璧すぎる女心理解理論。流石の雨竜も『それ最高っすね雪矢のアニキ!』と言ってくるかと思ったが、当人は狼狽えたように渋い顔をしていた。


「お前はまた、随分狭いエリアを攻めにいったな」

「はっ? 聞き捨てられないな雨竜、花というものがどれだけ日常に関わるものかお前も知らないわけではあるまい」

「いや、それ自体は同意だが、女性がすべからく花を好きかと言われると素直に首肯できないというか」

「だから、ウチの母親は別の生命体だから女にカウントしないって結論が出ただろ?」

「お前の脳内会議の結論なんて知らんがな」


コイツめ、こっちが優しく説いていれば好き放題言いよって。所詮は女心に理解を示せない鈍感イケメンだ、哀しかなこれから知識を蓄える僕には到底追いつけないだろう。


「しょうがない、哀れなお前のために知恵を授けてやろうではないか」


手遅れだからと置き去りにせず寄り添える僕という寛大さの塊、そろそろ教会辺りに祀られていてもおかしくないな。


「好きな花を言ってみろ、それに関する情報を与えてやるから」

「……あのな、俺だって自分の好きな花のことくらいなら語れるっての」


僕の上から目線が気に入らなかったのか、雨竜は少しばかり眉を顰めて腕を組む。


くく、明らかに余裕がない表情じゃないか、出雲との戦いといい今日は杜撰が目立つではないか。


「そうか、じゃあ早速語ってもらおうか。お前が好きだという花についてな」

「喋り方が癪に触るがまあいい。人気な花の一種ではあるが、ガーベラだな」

「へっ?」


聞き覚えのない花の名前を聞かされ、僕の脳が思考停止する。


ま、待て。確かに先ほど出した本はまだ完全に読み切れていないが、それでもそれなりに花の種類は頭に入れたはずだぞ。が、ガーベラ? もしかして本の後ろの方にある感じ? 仮にそうだとして、花に無頓着そうなコイツの口からどうして出てくるわけ? 


「ガーベラっていうのはキク科の花で、一見縁起は悪そうに感じるが、そもそもキクの花に悪い意味はないんだよ。葬式で使われてるからそんなイメージがあるけど、高尚とか高貴とかそういう意味があるからな。ガーベラが好きなのは花自体の鮮やかさもあるが、花言葉も『希望』や『常に前進』と前向きな意味合いを持ってるのも良いところでさ」


先程まで、花というフレーズにイマイチピンときていなかった男は、あろうことか自分の好きな花について流暢に語り続けている。それは勿論、僕が女心を紐解く鍵となると謳った花言葉についても。


「それでさ、ガーベラの花言葉自体はさっき言った通りなんだけどさ、花言葉って色によって異なるって知ってたか? 赤いガーベラだと『限りなき挑戦』って意味があって常に前進と似ている意味合いになるんだけど、黄色だと『究極の美しさ』って意味があるんだよ。黄色って明るさとか楽しさを表現してそうなものだけど、美しさに振り切るとは意外だよな。逆にピンクのガーベラは『感謝』とか『優しさ』みたいな意味があって、俺らが感じてる色のイメージとは違って面白いんだ」


それはもう楽しげに語る雨竜を見て、僕はゆっくりと自分の敗北を悟っていく。



ねえ雨竜君、君ってどこからそういう知識を拾ってくるの? なんでさっきまで首を捻って困った様子だったのに、話を振った瞬間語り出したの? 馬鹿な振りして優秀っていうのは物語の世界だけでいいの、知ってるなら最初から知ってる雰囲気出してもらえる? 1分前の僕がすごく馬鹿みたいでしょ?



「そういや花って本数によっても意味が変わるって知ってた? ガーベラだと」

「もういいよ!! 僕の負けだよアホンダラ!!」

「……負け? 何の話だ急に?」



もうヤダこの人、無自覚に容赦ねえ。

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