第5話 保護者会

出雲と会話を続けながら教室に到着。どうやら僕らが1番乗りだったようで、授業の準備をしながら堂々と会話を再開する。教室というそれなりに広いスペースで、ちょっと距離が離れたまま話すというのはなかなか不思議な感覚だった。


「おっ、お2人さんおはよう」


出雲が教室の換気をするというので窓を開けていると、我が2-Bクラスを代表する女泣かせ破廉恥男君が爽やかに挨拶を仕掛けてきた。略して青八木雨竜である。


「おはようさん」

「おはよう青八木君」

「御園さんは相変わらずだけど、雪矢はホント登校時間バラバラだよな」

「当たり前だ。登校というルーティンにちょっとしたスパイスを加えるには、出発時間を変えるのが最適だからな」

「そうか? 同じ時間同じ電車の中で普段との違いを見つける方が面白いと思うが」

「くく、凡人らしい考え方だな。日常からの脱却を日常から得ようなど愚の骨頂、変化は待つものではなく自ら捜し出すものだ」

「御園さん、通訳してもらっていい?」

「うーむ、宅配よりお店へ足を運ぶべきってことかしら」

「それでいっか」


良くねえよ。僕の崇高な考えが宅配で例えられてたまるか。あと雨竜、通訳ってなんだ。意味が分からずとも言語体系は同じだろうが。


「そういえばさっき、校門の前が騒がしくてさ。神代さんが男子と楽しそうに腕組んでたってそりゃもう殺伐とした雰囲気だったんだよ」

「……」


僕の登校時間に関する話がスルーされて一言もの申したくなったが、雨竜のタイムリーすぎる話題で口を開くことが躊躇われた。嫌な予感はしていたが、殺伐としてたって何ですか? 清らかな空気が流れる朝の爽やかな時間帯ですよ?


「ああ、それなら原因は雪矢ね」


何とか話題展開に努めようとする前に、委員長さまがあっさり先ほどのことを伝えてしまう。おい出雲、どうして雨竜が喜びそうなネタを提供するんだ。僕と雨竜、どっちが大切なんだ。そりゃどう考えても雨竜だった。


「やっぱりか、もしかして結構積極的な感じ?」

「積極的というか、美晴と一緒に居るときの行動を雪矢にもやってるって感じかしら」

「おお、そりゃ充分積極的だな」

「……もしかしてだけど、青八木君って晴華の気持ち知ってる?」

「確信持てたのは今だけどね、体育祭の時にそれっぽいこと雪矢から聞いてたし」


僕をのけ者に2人で会話を盛り上げる雨竜と出雲。


確かに雨竜には体育祭の日に僕の気持ちを吐露したが、具体的な名前を出してはいなかった。今日の状況からしっかり推察されてしまったようだ。まあ晴華があんな感じだし、バレるのも時間の問題だったわけだが。


「どうする青八木君、強力すぎるライバルだと思わない?」

「それなんだよな、相手が相手だけに今の均衡があっと言う間に崩されそうで」


そして話は、当然のように恋バナ(?)へと発展する。


「朱里だって負けてないんだけど、相手が晴華ってだけで萎縮しちゃいそうで」

「梅雨はむしろ燃えるタイプだと思うけど、学校が違うっていう大きな弱点があるんだよね」


各々が、親友と兄妹の心配を赤裸々に語り合う。2人とも主役を張れると同時にサポートタイプとしても万能であるため、晴華が台頭してきたこの状況でも打開策をひねり出したいようだ。



……僕はどんな気持ちで2人の会話を聞いてたらいいんだ。めちゃめちゃ恥ずかしいやつじゃないのか。



「まあいいわ。朱里が一歩リードしている状況に変わりないからね」

「ちょっと御園さん、それは聞き捨てられないね」



あれこれと意見を出し合い、一旦会話が落ち着くと思いきや、出雲の爆弾に雨竜が食いついた。やめろ2人とも、どうしてこれ以上話を広げようとするんだ。



「あら、それじゃあお互いに『推し』の良いところを語っていくってのはどうかしら」

「望むところだよ、それで御園さんが納得してくれるならね」



そして会話は、あらぬ方向へと進んでいく。僕としては出雲が雨竜と緊張することなく会話できていることを評価したいのだが、話題のせいでそんな余裕がまったくない。そろそろ他の生徒も来ると思うけど、いつまで続く感じですか。



「朱里の良いところは可愛くて優しくて穏やかなところかしら。ちょっと抜けてるところもあるけれど、それもまた良い塩梅になってるのよね、話していて癒されるし」



先攻、御園出雲の怒濤の攻め。一切躊躇うことなく、照れた様子さえ見せずに親友を褒め称える。穏やかというワードに若干の違和感を覚えるが、テンパって不思議なことを言い出すのも広義的に捉えれば愛嬌があるとも言える。随分広義的に捉えたな僕。



「梅雨の良いところか。うーん、まあ可愛い、んだろうな。可愛いというよりは生意気なんだけどあれって俺相手だけなのか、となると違うか。うーん」



後攻、まるでやる気を感じられないお兄ちゃんの攻め。コイツ、自分視点で梅雨を語ってないか? あれだけ威勢良く戦いに挑んでいながらこのていたらく、僕はコイツの何を見て完璧だと思っていたのだろうか。



「それに朱里は料理ができるのよね、家庭料理からお菓子まで。男の子なら異性の手料理ってポイント高いでしょ、私も見習いたいところだけど」



雨竜がもたついている間に、出雲が追撃をかけていく。朱里が料理をできるのは知っているし、実際お弁当をいただいたこともある。父さんの料理で舌が肥えてる僕からしても実力は申し分ないと思うし、それを都度いただけるというのは確かに評価できるところである。僕のときといい、出雲は相手を褒めるのが上手だな。


さてと、ここまで言われて陽嶺高校の生きる伝説は何を思うか。彼らしくないグダグダな初手のせいでこのままでは負けが濃厚なわけだが、誰もが納得する切り返しを見せてくれるのか。次が、青八木雨竜最後の攻撃!



「料理か……最初の頃は酷かったんだよな、ずっと味見させられてたけど上手くならなくて。俺がアドバイスしても聞く耳持たないし、それどころか俺と同じことしたくないからって地雷原に突っ込もうとするし。でも最近は普通に食べられるようになったわけだから、目標達成に対するモチベーションの持続力は評価できるのか。そうだ、ウチの妹は根気がある!」



お兄ちゃん、僕はがっかりだよ。多分妹も。

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