第4話 モテる理由
というわけで、僕は教室に向かいながら晴華とのここ最近のやり取りについて出雲に話す。プライベートが過ぎる兄君や今泉さんのことはぼかしつつ、そのせいで説明が難しかったが、僕なりに体育祭までの出来事をまとめさせてもらった。
「とまあそんな感じだ」
「……」
話し終えるが、出雲はなかなか口を開かず難しい表情のまま進行方向に視線を向けていた。
しばらくすると僕の方へと目を向け、大きく溜息をついた。ちょっと待て、ものすごく失礼な態度ではないか?
「……まったくこの男は、10年後に結婚詐欺師になってても驚かないわね」
その上さらなる追い打ちを掛けるがごとく不名誉なことを言われてしまう。僕ってそんな法外にお金を稼ぐイメージがあるのだろうか、確かに目的のために手段を選びはしないが、今の内から犯罪者予備軍とされるのは心外である。
「あなたが公衆の面前で青八木君と戦うなんて不思議に思ってたけど、そういうからくりがあったのね。その上青八木君に勝っちゃうんだから、晴華の感動も一入でしょう」
「雨竜には勝ってない、僕の反則負けだ」
「あなたの拘りなんてどうでも良いのよ、晴華にどう伝わってるかが重要なんだから」
確かに、晴華も似たようなことを言っていた。正式な勝敗など誰も興味はなく、大体の生徒が僕の勝利だと思っているようだ。勝てるように作戦を講じたのは確かだが、それならば僕の納得する勝利を得たかったのが本音だ。先生に対し勢いでゴリ押せなかった以上、やっぱり僕は雨竜に負けたんだと思う。
「それにしても断るなんて、あなたのストライクゾーンはどうなってるわけ?」
「どうもこうも一般人と変わらん」
「一般人と変わらない人が、あの神代晴華からの告白を考える間もなく断ると思わないけどね」
「針の穴を通すようにボール判定だったんだ、ちょっとでもズレれば10回表の延長戦だったんだが」
「……そ」
僕の声色で空気を察したのか、出雲はそれ以上告白の返答について踏み込んでこなかった。「まっ、朱里にとっては悪くはないし」と言葉を紡ぎ、暗くなりすぎないように会話を続ける。
「しかし凄いわね、梅雨ちゃんに朱里に晴華だなんて。モテモテじゃない雪矢」
「あのな、それ僕の隣に座るイケメンを前にしても言えるか?」
モテモテだなんてチープな言葉は、不特定多数に愛されるような人に使われるべきである。人数で言うなら僕は3人、モテモテというには人手が足りていないだろう。そもそもの話、青八木雨竜という人間を知っていて自分がモテモテだなんて口が裂けても言えん。
「大事なのは量より質でしょ?」
「お前、さらっと酷いこと言ったな」
「別に空ちゃんや真宵が悪いなんて言ってないわ。青八木君に恋する人たちを平均的に見たら、あなただって負けてないって話」
「そりゃそうだろうが……」
雨竜に恋する女子たちの美醜にケチなど付ける気はないが、僕のことを想ってくれている3人は文句の付けようもなくレベルは高いと思う。
「なんで僕なんだろうな……」
そこへ行くと、少々後ろ向きな思考に到達することもある。彼女たちに想われようと努力したつもりもないのに現状こうなっているのは、贅沢すぎるように感じてしまう。
「あら、それ自体は別におかしくないでしょ?」
てっきり同調されると思った僕の呟きは、さも当然のように出雲に否定される。
「なんでだよ、少なくともお前とはしょっちゅう口論してたはずだが」
「いつの話をしてるのよ、だいたいそれだって悪いことじゃないし」
「はっ、どういうことだよ?」
「あなたの魅力は、大きく分けて2つ」
そう言いながら、出雲は僕にピースサインを向ける。
「1つ目は相手の良さを素直に褒められること」
「いやいや、そんなの誰だってできるだろ?」
「できないわよ。自分の心のうちを晒すのって勇気がいることで、それが異性相手なら尚更。それをさも当たり前のようにこなせるあなたって間違いなく普通じゃないから」
褒められているようで貶されているように聞こえるのは、僕の心が汚れているからだろうか。
「それにあなたの場合はお世辞を言わないって分かってるからね。はっきり褒めてくれると女の子は嬉しいものよ」
「そういうもんか」
僕としては、父さんの教えに準じているだけなんだかな。それがそのまま長所に繋がっているとは、さすがは我が愛すべき父さんである。
「2つ目は、相手の立場になって考えられるところよね」
「だからそんなのは」
「当たり前ではありません。あなたほど的確に相手の要望に応えられる相手に出会ったことないもの」
評価してくれてるのは有難いが、さすがに表現が誇張されすぎではなかろうか。僕ってそんなに出雲の要望に応えてきたか、そんな記憶ないんだが。
「雪矢、あなた今そこまで頑張ってる記憶はないって思ってるわね?」
もしかしてこの人エスパーなんですか? よっぽど僕の長所よりぶったまげてると思うんですが。
「そこも大事なところでね。当然のようにフォローしてくれるから女の子たちは信頼しやすくなるし、甘えたくなるの。それが最終的に恋心に変わったっておかしくないわね」
どこか楽しげに説明してくれる出雲を見て僕は言葉を失う。今までこそそれなりに仲良く交流しているが、昔は犬猿の仲だった相手だ。そんな相手にここまで評価されるというのはさすがにこそばゆい。
「どうしたのよ急に黙って」
返答しない僕を不思議に思ったのか、訝しげに僕を見る出雲。
「いや、けっこう流暢に褒めてくれるものだと思ってな。まさか出雲が僕をここまで評価してるとは」
「…………」
そこで出雲の表情が凍りつく。時計の針でも止まったかのように動作を止めると、一瞬にして顔色が赤に染まる。まるで我にでも返ったかのごとく。
「いや、その、さすがに言い過ぎたかもしれないわね、うん、言い過ぎてるわきっと」
「なんだ言い過ぎって、さっきの嘘だったってことか?」
「嘘じゃないわよ!」
「だったら言い過ぎじゃないだろ」
「そ、そうだけど、無駄にテンション高かったというか、言う必要ないことまで言ったような気が」
語りすぎたのが今更になって恥ずかしくなったようで、出雲は紅潮した頰を隠しながらしどろもどろに返答する。随分可愛らしいアクションだこと。
ここまで取り乱すということは本音で語ってくれた証である、狼狽えている本人には申し訳ないが、僕は大変気分がいい。
「さあ出雲、僕をもっと褒め称えていいんだぞ」
出雲をからかう気はないが良い評価をもらえて気分は最高潮。このままさらに僕を高みに登らせてくれてもいいんですよ!
「あっ、そういう雪矢見られると逆に落ち着く」
なんでやねん。さっきの照れ臭そうな表情はどこにいってん。
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