第3話 詳しく
「はあ、疲れた……」
何とか晴華の攻撃を凌ぎきった僕だが、生徒玄関で靴を履き替える頃にはくたくただった。まだ朝っぱらだというのに、この疲労感は何なんだ。
「自業自得でしょ? アタックしてもいいって言ったのユッキーだし!」
同じく靴を履き替え終えた疲労の元凶は、決して悪びれる様子もなくケラケラと笑っている。
「限度ってもんがあるだろ、これからはああいう接触は禁止だ。百歩譲って1週間に1分だけしか許さん」
「ええ!? 後付けルールズルい!」
「ズルいじゃねえ、あんなの友だち同士でやることじゃないだろ」
「やるよ全然! ミハちゃんとは普通にやるし!」
「そりゃ同性だからだろ、今まで男子にああいう絡み方したことあるのか?」
「あるわけないよ!」
「だったら友だちの枠を超えてる、つまり手段としてはなしだ」
「でも、ユッキーの好感度はミハちゃんと良い勝負だから! ユッキーに同じことしても友だちの枠超えてないもん!」
「なんじゃそりゃ……」
晴華の美晴好きは、正直度が超えていると思うくらいに情熱的に感じることがあったが、僕にとっての気持ちもそれと同等とコイツは言っている。
すなわちあの恐ろしい接触を当たり前のようにやってくることに他ならないが、この女には性別の違いは理解出来ないのだろうか。美晴にやってることを僕にそのままやっていいわけないがないなんて当然のことなのに、それとも僕の考え方が間違っているのだろうか。
「くっ、ここに来て中学時代の経験の差が出るとは……!」
友だちがどういうもので、どういった触れ合いをするものか、僕は分かっていない。ブランクがありすぎるせいで今も手探りな状態が続いている。だからこそ晴華に『友だちでもこれくらいやる』なんて言われたら反論できる自信がない。先手を打たねばいつまでも晴華のペースになってしまう、そんなことは僕が絶対許さないが。
「あ、あのさ、ユッキー?」
「なんだ?」
先程まで僕をからかうような笑みを見せていた晴華だが、少しだけ表情に陰が差していた。どうした急に、暗くなるような話題を出したつもりはなかったが。
「前からちょっと気になってたんだけど――――」
「――――ちょっとあなたたち、朝からどうしたわけ?」
晴華が何かを言い掛けたところで、後方からの声がそれを掻き消していく。
少しだけを息を切らせつつどこか呆れたように僕と晴華を見ているのは、我が2-Bの委員長さま、御園出雲だった。
「あっ、ズーちんおはよう!」
「おはようさん」
「おはよう……っじゃなくて! 何平然としてるわけ!?」
「「何が?」」
晴華と声を揃えて聞き返すと、出雲はお笑いのお約束がごとく転けそうになっていた。彼女にしては珍しくバタバタと忙しいな。
「何がじゃない! 後ろから見てたけど随分親しげにしてたでしょ! いや、親しいって言葉が正しいかどうか、他に見てた生徒は同じように驚いてたし! おかげであなたたちを追いかけるハメになったじゃない」
「ああ……」
どうして呼吸が荒いのかと思ったら、晴華の『攻撃』を後ろから目撃して追いかけてきていたのか。風紀に厳しい彼女らしいが、もう少し早く登場して欲しかったです。
……てかやっぱりいろんな奴に見られてるじゃねえか。あんな堂々とアクションを起こしてたから当たり前なんだけどさ。
「あはは、ゴメンゴメン。ユッキーをユウワクするのに一生懸命でさ」
「ゆ、誘惑?」
「そうそう。ユッキーに振り向いてもらおうとあたしも必死なわけなんです」
「……ちょっと待って、何の話?」
晴華の唐突な発言に、出雲の思考が凍っていくのが分かる。衆人に伝えるのは良くないのかもと様子を窺っていたが、晴華も梅雨同様隠す気がないらしい。
「大好きなユッキーと付き合うために朝からアタックしてるって話だけど、違った?」
「……へっ?」
出雲から素っ頓狂な声が漏れる。彼女の視線が晴華から僕へゆっくり移るが、僕からどんな言葉を期待してるんだ。晴華の言っていることが全てだぞ。
「えっ、ちょ、晴華って、雪矢のこと好きなの?」
「そうだよ! 人に聞かれるとさすがに照れ臭いね」
えへへと頬を搔きながら紅潮する晴華の破壊力は常軌を逸していた。常人であれば心臓を鷲づかみにされそのまま地獄に落ちてしまっていたことだろう、世が世なら彼女1人を巡って戦争が起きていそうだ。
「いいいいつから? そんな素振り見せてなかったでしょ?」
未だ信じられないのか、動揺が抜けきれない出雲が晴華へ質問する。
「体育祭の日だから3日前だね、ズーちんが知らなくても変じゃないって!」
「そ、それは確かに。で、でもどうしてそんな」
「えー聞いちゃう? ズーちん聞いちゃうの、さすがにそこまでは言えないなぁ」
両手を頬に添えながら首を左右に振る晴華。なんだその恋する乙女のポーズは。いや、恋する乙女なのだろうが、王道な仕草を見ると逆に不自然に感じてしまうという。
「じゃあユッキー、朝はこれにて引き下がるけどこんなものじゃないからね! すぐにカンラクさせるんだから覚悟しててね!」
出雲の追及を嫌ったのか、晴華は僕に手を振ると、1人先に教室の方へと駆けていった。
横綱相撲がごとく全て受けて立つと言ったのは僕だが、ブレーキを知らない相手に安直な判断だったかもしれない。僕に恋人ができるまでこれが続くというのだろうか、天国を模した地獄である。
とはいえようやく休息を得ることが出来た。僕とてこの間に回復して策を講じたいところなのだが。
「雪矢、詳しく聞かせて?」
委員長さまの笑顔が恐ろしく、平穏な時間はまだ訪れないようです。
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