第2話 初心者の戦い方

周りの学生たちをものともせず笑顔で近付いてきたのは、栗色のポニーテールが特徴的な陽嶺高校が誇る美少女、神代晴華だった。


「おはようユッキー、今日も良い天気だね!」

「おはようさん」


ちょっと挨拶を交わすだけかと思いきや、晴華は僕の歩みに普通に着いてきていた。


「彼らはいいのか?」

「うん、元々ユッキーが来るまでの間って言ってたし」

「何の話してたんだ?」

「体育祭だよ。あたし、いろんな競技で頑張ってたからお褒めの言葉をいただいておりました!」

「そうか」


体育祭での晴華の活躍は雨竜に勝るとも劣らないくらいだからな、周りから賞賛されても何らおかしくはない。まあそれは口実だと思われるが、晴華と会話するための。


それに晴華は最近彼氏と別れているし、彼女に好意を持つ人間からすれば千載一遇の機会といったところだろう。


「そういえば僕を待ってたんだって? 何か用事か?」

「ううん、そうじゃなくて。一緒に登校したいなあって思ったんだけどあたし家近いからさ、せめて校門から校舎くらいは歩きたいと思って」


照れ臭そうに頬を搔く晴華。どうやら僕と登校したかったらしい。


「そんなことか。だったら僕に連絡入れてくれれば待たせることもなかっただろうに」

「そ、そうなんだけどね」


晴華は曖昧な笑みで誤魔化すと、会話を続けた。


「告白した後にね、少しだけ冷静になったというか、あんまりグイグイ行っちゃったらユッキーに避けられるんじゃないかなと思って……」


告白、それは体育祭の終わりに晴華から僕へ行われたことだった。


体育祭で雨竜に勝つべく同盟を組んでいた僕らだが、その過程で晴華が僕に対して恋愛感情を抱き、告白までいたった。


それに対して、僕なりに誠意を込めて断ったつもりだが、晴華は諦めることなくアプローチを続けたいということで話は終わっている。


それを考えれば晴華の行動自体は何らおかしいものではなかったが、本人の表情は罰が悪そうに見えた。


「どうして僕がお前を避けるんだ?」

「その、今まであたしが振った男子がそうだったから。向こうが気負わないよう普通に声を掛けてるつもりなのに、どんどん離れていって。告白したら関係がぎこちなくなるって分かってたけど、自分がその立場になるとは思ってなかったというか」


要するに、1度断った相手からしつこく言い寄られて僕が嫌な気持ちになり、晴華を避けるようになるのでは、ということだろう。


溜息をつきそうになったが何とか息を呑む。特攻あるのみのがむしゃら戦隊リーダーが、イレギュラーごときに振り回されよって。


「確かに、お前と話すのが面倒だと思うことは多々あった。愚痴は言うわ男子に反感は買うわ注目は浴びるわ、はっきり言って良いことなんてないし」

「うっ、やっぱりそうだよね……」

「でも――――それは夏休み前の僕だ」

「えっ?」


目を丸くする晴華に対して、僕ははっきり言ってのける。



「友だちと話すだけなのにどうして避けるんだか、そんなことしてたらお前に嫌われるだろ」

「……っ!」

「恋愛対象として見られないとは言ったが僕らが友だちなのに変わりはないんだ、お前が避けたって僕は普通にやり取りするからな」



どうしてたった1度告白が失敗しただけで、まるで記憶喪失にでも陥ったかのようにそれまでの関係が消失するんだ。告白しないと何にも響かない完璧イケメンがこの世にはいるんだぞ、そいつと戦う度に記憶を失って勝てるわけがないって話だ。



「じゃ、じゃあ、あたし、ユッキーにいっぱいアタックしていいの?」

「当たり前だろ、そうせずにどうやって僕を恋愛対象として意識させる気だ?」



少なくとも現状、僕の心が変わることはない。これから先、友人として晴華と接していくことになるだろう。


それと同じで、晴華の感情だってそう簡単に変わるわけがない。僕に好意があるままだと言うなら思うように行動すれば良い。僕が靡けば晴華との関係が変わり、晴華の熱が冷めれば友人関係として元通り。それだけの話なのに、避けるやら避けないやら随分とこじれてしまったものだ。



「言質、取ったからね?」

「やけに慎重だな。そんな奥手で僕の心を動かそうなんて――――!?」



随分と僕に確認を求めてくる晴華に不自然さを感じつつも応えていると、全てを言い終える前に右腕に感触を覚えた。



「あはは! もうホントユッキー好き! 大好き祭りだ!」



晴華は僕の右腕にまとわりつくように両腕と全身で包み込んできた。嬉しそうに微笑む顔も接近していて、思考回路が正常になるまで時間を要してしまう。


「ちょちょちょお嬢さん! 公衆の面前で何してるんだ!?」

「いやあ、ユッキーへの愛が溢れちゃって溢れちゃって」

「溢れちゃってじゃない! 早く離れんか!」

「えー、さっきユッキーが言ったんじゃん。いっぱいアタックしてもいいって」

「こういうことだと思ってなかったんだよ! だいたいさっきから胸が当たってるんだが!」


晴華に効きそうな言葉をチョイスすると、彼女は耳まで真っ赤に赤らめながらも、拘束を解こうとはしなかった。


「こ、こういうのも、頑張っていくって、決めたし……」

「はっ?」

「に、苦手だけど! ユッキーをユウワクするって決めたんだもん!」


そう言って晴華は、どこか泣きそうな表情なまま、自分の武器はこれだと言わんばかりに身体を押しつけてくる。


確かに、自分の武器を活かして攻めるというのは立派な戦術であり、僕としても不満がないわけだが、それはあくまで対象が自分以外の時限定である。こんな攻撃力を易々と受け流せるほど僕の守備力は強固ではない。



「いいのか晴華!? こうなったら僕は堪能するぞ!? こっちからも押し込んでさらに感触を味わうからな!」

「お、お好きにどうぞ!? 胸より髪型を選ぶユッキーにそこまでの度胸があるとは思いませんけど!?」

「言ったな!? そんなこと言っておきながらいつもの髪型のくせして、僕の気を引く気があるのか!?」

「あれはユッキーと2人きり専用だもん! おいそれと披露しない方がユッキー的に好感覚えると思っただけだし!」

「ぐぬぬ! その特別感、確かに得も言えぬ嬉しさを覚えてしまうが……!」

「ほーらね! これであたしがどれだけ本気かユッキーも分かったんじゃない!?」

「こんなことされなくてもお前の本気は理解してる! 故に効かん!!」

「むう! ユッキーのいじっぱり! 嫌な気しないくせに!」

「いじっぱりはお前だ! 顔の熱を引きたきゃさっさと離れんかい!」

「賽は投げられたから! ここまできたら引くに引けないから!」

「どう考えても今引くところだよ!」



畜生、このがむしゃら戦隊リーダー、初心者過ぎて戦い方を知らないんですが。ここ、いろんな人の目に触れるんですが。

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