第1話 校門前の喧噪

「……」


朝。日の出が訪れる前の薄暗い部屋で、僕はいつもより早く目が覚めた。


「……」


何か夢を見ていたような気がするのだが、思い出せない。架空のことではなく、何か直近であった出来事。そこまで出てきているのに、肝心の中身が出てこない。少しだけ身体が重く感じるのはそのせいかもしれない。



「……まあいいか」



印象的なことなら夢といえど脳にこびりつくはず。起きてすぐ忘れてしまったということは大した内容ではないのだろう、僕は頭を切り換えることにした。



せっかく早く起きられたのだ、父さんの手伝いをしよう。いつもしてるけど、いつも以上に存在感を放って見せようじゃないか。



そう思っていた時期が僕にもありました。洗面所で顔を洗って台所に着いた頃には、ほぼほぼ朝食の準備が終わっておりました。母さんは土曜勤務の振り替え休日で早くは起きて来ないというのにどうしてこんなに早いんでしょうね。答えは1つ、それが僕の父さんだからです。



―*―



父さんとの至福の朝食を堪能した僕は、今日も今日とて父さんに見送られながら登校する。


本日は火曜日、昨日は体育祭の振り替え休日だったため、今週は今日からスタートになる。



そして、僕としても新たな心持ちでスタートすることになる。



体育祭の日、僕は確固たる意思で恋人を作ると決めた。今までも梅雨や朱里のために考えていたつもりだったが、それでもどこか受け身だった。彼女たちのアプローチに対して応えるだけで、自分でも進展するような感覚はなかった。



これでは今までと何も変わらない。僕自身が彼女たちにどういったことを求めて、どうすれば恋人へ昇華できるのか考えなければならない。



しかしながら、それが思いの外難航している。



休日も思考を巡らせていたが、僕からすれば現状の友人関係が今まではあり得ないほどに充実しているのである。夏休みも多方から声を掛けられ良い経験をさせてもらったし、体育祭でも個人ではなくチームとして取り組めた部分が多かった。



こんなにも恵まれている状態でこれ以上何を望むというのか、僕は聖人君子じゃないし好きなだけ望めばいいのだが、パッと思い付いていないのが現実である。ここに来て対人関係を疎かにしてきたツケが回ってきた。中学時代に同級生とのやり取りなんて皆無に等しいからな。



電車のつり革に掴まりながら、今後の方針について頭を動かす。



まずは恋人がいる生徒たちに聞いてみるのが1番だろうな。どういったことを相手に求めているのか、逆にどういったことを求められると嬉しいのか。僕の考え方に直結するか分からないが、このまま八方塞がりになるよりは良いだろう。



「恋愛という概念め、これ以上貴様の思い通りにはさせんぞ……!」



気合いを入れるつもりで思わず口にしたが、近くに居た女子中学生たちに白い目で見られた気がした。


き、気のせいだ、きっと。そんなに大きな声で言ってないし。あくまで自分に向けた言葉ですからねこれ。



「……何と戦ってるんだろこの人」

「概念だよ概念。何かよく分からないけど」



みんな、公共の場では私語は慎もう。後々いろんな角度から攻められてダメージを負っちゃいます。



―*―



「あれ?」



電車の中でビタータイムを経験しさらなる成長を遂げた僕は、陽嶺高校に向けて歩いていたのだが、校門前に小さな人だかりができているのが見えた。1人の生徒を取り囲んでいるように見えるが、朝からなんだいったい。


しかも今日は早起きしたこともありいつもより登校が早い。この時間だと2-Bならほとんど生徒はいないはずだが、全校生徒が通るこの場所ならけっこう人が集まるものだな。



って違う。そもそも何の集まりだこれ。9割以上男子生徒で、中心に向けて積極的に声を掛けているようだが、あまり会話が弾んでいるようには思えないな。というかこんなところで油売ってたらそのうち教師から指導されるだろ、明らかに通行の邪魔だし。



まあいい、触らぬ神に祟り無し。体育祭明けの学校なんだから、活躍した生徒が周りから賞賛されるような展開があってもおかしくはない。ただし、一般生徒の僕を巻き込まないでくださいよ、と。



そんなことを考えながら集団の横を通り抜けようとしたときだった。




「あっ、ユッキー来た!」




集団の中央から、聞き覚えのある声とニックネームが僕に向けて飛んできた。


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