第8話 策士

「それじゃあ青八木、今日の昼休みか放課後に生徒会室に行ってこい。生徒会役員が誰かいると思うから、立候補用紙もらって提出するように」


それだけを言い終えると、長谷川先生は満足そうにステップを踏みながら教室の外へと出て行った。結局あの人、一切僕の言い分聞かなかったんだけど。僕、あの人のために物理頑張るんだよね?


「そういうことだから、よろしく雪矢」

「よろしくじゃねえよ」


さも当たり前のように語りかけてきた雨竜に反撃の一発を噛ます。どうして僕が了承している前提で話が進んでいるんだ。


「なんで僕が生徒会選挙のフォローなんてしなきゃいけないんだよ」

「ちょっと、廣瀬君こそ何言ってるの!?」


僕の反論をかき消したのは雨竜ではなく、いつの間にやら僕の傍に佇んでいる女生徒2人。


蘭童殿へ誤解を招く発言をし、球技大会の打ち上げで何故か同じ席だったAとBである。


「廣瀬君がフォローするから意味があるんだよ、そんなことも分からないの!?」


あの、なんで僕キレられてるの? 理不尽な流れに僕がキレるところじゃないの? 理解不能な状況に頭が混乱してきた。


「何をやっても完璧な青八木君の痛恨のミス、だけどそれを速やかにカバー」

「やがて2人は信頼以上の感情が芽生え、そして生徒会長になった青八木君から遂に……!」

「「きゃあああああああ!!」」


唐突に語り始めた2人の息が少しずつ荒くなり、言葉を溜めたかと思うと、奇声とともに鼻血を吹き出した。何この面白ボックス、よく分からないうちにいろんなことが起きすぎだろ。


「で、話を戻すわけだが」


嵐のようにやってきて、鼻血とともに去っていたABを無視して雨竜と向き直る。


「僕は手伝わんぞ、びっくりするほど唆られん」


僕が手伝うことで選挙に勝てるならいざ知らず、誰も手伝わずとも勝てそうな雨竜を応接しても面白くない。それなら雨竜に好意を持つ連中がフォローした方がよっぽど建設的である。



「そうか、それならそれで構わんぞ」

「へっ?」



予想外の発言が飛び出し、思わず呆けてしまう僕。いやいや、僕がフォローしないと参加しないって言ったくせに随分あっさりだな。



「一応聞くが、立候補しないって言うのはなしだぞ?」

「当たり前だろ、あそこまで先生に言われて今更断らねえよ」



あれー? どういうこと? だったらなんで僕に拘るような言い方をしたんだ? 僕をからかって遊ぼうとしてただけってこと? どっちにしろ許せんやんけ。


まあいい。僕を巻き込まないということなら何も言うまい。晴華のことがあったとはいえ、体育祭では雨竜に随分振り回されたからな。たまには穏やかな時を過ごしたいものだ。



「御園さん、ちょっといいかな?」



だったら雨竜は誰にフォローを頼むのかと様子を窺っていると、推し褒めプレゼンでボロ負けした相手、出雲へと声を掛けていた。



「どうかした?」

「なんとなく話は聞こえてたと思うけど、御園さんに生徒会選挙のフォローをお願いできないかなと」



成る程、クラス1信頼できる生徒へ託そうと思ったわけだ。確かに、出雲なら難なく雨竜のフォローなどやってのけるだろう。良い意味で周りを輝かせるのが上手なやつだからな。



「光栄だけど、私でいいの?」

「勿論、御園さん以上に適任な人もいないし」



おい、だったら最初から僕を誘う必要はなかっただろう。不用意に巻き込むんじゃねえ、意味もなく目立ちたくないんだよ僕は。


まあいい、出雲に決まったのならこれ以上考える必要はない。雨竜の対抗馬を応援して少しでも生徒会選挙が面白くなるよう祈ってでもいるか。



「あー、でも中間試験の勉強はどうしようかしらー」



もはや僕には関係ない話だと脳を切り替えようとした瞬間、出雲には珍しく、演技がかった間延びした声を漏らした。



「青八木君を手伝いけど、そうしたら勉強時間なくなっちゃうわねー。せっかく一学期の期末と実力テストで青八木君に追いついてきたのに、それはちょっと嫌かもかなー」



そうだ。出雲が雨竜を手伝うということは、その時間を試験勉強に充てられないということ。せっかく雨竜が生徒会選挙で時間が奪われているのに、出雲が同じように動いてたんじゃ意味がない。



「た、確かにー。御園さんの試験勉強時間を削らせるのは申し訳ないなー」



雨竜も手の平に拳を打ち付けるというオーバーなリアクションを取りながら、出雲同様語尾を伸ばして喋る。なんか吹き替えの通販番組を見せられてるような感じだな、問題として挙げている割に緊張感がないというか。


「ゴメンね青八木君、せっかく誘ってくれたのにー」

「いいよいいよ、俺も考えが回ってなかったしー」

「こんなときに試験勉強なんて気にせず手伝ってくれる人がいるといいんだけどなあ」


この時僕は、ようやく2人の会話に違和感に気付き始めた。


出雲の席で話しているのに、僕にもやり取りがしっかり聞こえる音量であるということ。


勉強時間が足りないことだけでなく、雨竜との差が開いてしまうことについて言及していること。


そして極めつけ。



「いやあ、俺たちも来年には受験だし、試験期間くらいみんな勉強に励みたいよね(ちらっ)」

「そうだよねー、試験期間だからってマイペースにいられる人ってなかなかいないものねー(ちらっ)」



やつら、僕を見ている。

わざとらしく視線を送りつけてくる。

弱みにつけ込んだ極悪人のごとく表情に笑みが溢れている。



待て、ちょっと待つんだ。2人の言い分は尤もだが、実際雨竜に頼まれたら断れる人間なんていやしない。実践する前から諦めるなんて良くないんじゃないですか?



「ちなみにみんなの中で俺を手伝っても良いよって人いるー?」

「すまん青八木、今回は勉強に専念させてくれー」

「普段ならお手伝いしたいけど、青八木君が言うようにそろそろ受験を意識しないと」

「そっか、それは残念だなー(ちらっ)」

「しょうがないとはいえ残念ね(ちらっ)」



おかしい、こんなのおかしい。ウチのクラスの馬鹿共が揃いも揃って勉強専念? 1人くらい雨竜に靡く奴がいたっておかしくないのに、全員が断るなんてあり得るんすか?



「……分かった。そういうことなら私がやるわ。勉強時間が失われるのは痛手だけど、委員長としてそれくらいのフォローをさせて(ちらっ)」

「うん、ありがとう。御園さんに勉強時間を削ってもらうなんて大層心が痛むけど、他に頼れる人もいなくて(ちらっ)」



分かった、もう分かった。いつ段取りを組んだか知らんが、クラスぐるみで嵌められたことだけは理解した。この馬鹿共が何を考えているかなどどうでもいい、出雲の勉強時間を削らせるわけにはいかない。


僕は大きく溜息をつく。なんでこんなことになったのかと頭を整理しながら、雨竜と出雲の居る場所へ向かう。



「おい」

「これは、びっくりするほど唆られん廣瀬君じゃないか。どうしたんだい?」



あーうざい、人を芸名みたく呼びやがって。この満面の笑みに右ストレート放ちたいが避けられるのは目に見えている。無駄なことはしない主義だが、うざいことには変わりない。



「体育祭の騎馬戦で負けたからな、仕方ないから手伝ってやってもいい」



無償で雨竜を手伝う気などさらさら芽生えなかったので、無理矢理理由付けをすることにした。こんなことなら長谷川先生に言われたときに素直に受けとくんだった。何故か生徒たちは拍手してるし、AとBはいつもの如く奇声上げてるし。出雲がまとめているクラスとは思えないくらいノリが理解できん。



「ありがとう廣瀬君、まさかしてくれると思わなかったよ。これから共に頑張っていこう」



女子ならば瞬殺できる屈託のない笑みで握手を求めてくる雨竜。



……確かに、いつの間に僕が立候補する形になってるんだ。

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