第49話 体育祭14

「僕の作戦を伝える前に、みんなに確認しときたいことがある」


僕は騎馬戦の作戦会議前に、協力してもらう3人に質問した。


「今から練習すれば、雨竜に勝てると思うか?」

「「無理だな(ですね)」」

「えっ!?」


豪林寺先輩と佐伯少年が即答し、それに対して翔輝が驚いている。予想できてきた光景だ。


「お2人ともそれはあんまりじゃ、これから廣瀬君に手伝おうってときに」

「そうは言われましても、現実逃避したって勝ちは巡ってきませんし」

「あいつの逸話は腐るほどあるからな、付け焼き刃で崩れる牙城ならあそこまで評価されんだろ」

「仰る通り、いくら豪林寺先輩というジョーカーを手にしたところで雨竜に勝つのは不可能です。ならばどうするか、選択肢は2つ」


僕は右手で空を、左手で地面を指差した。


「僕のレベルを上げるか、雨竜のレベルを下げるか」


そう前置きしてから、僕は説明に入る。


「前者はいたってシンプル、練習を重ねて雨竜と戦えるレベルまで上げるという手段」

「でも、それは今無理って話だったんじゃ」

「そうだ、騎馬戦に慣れるくらいのニュアンスなら意味はあるが、実力を上げるということなら圧倒的に時間が足りない。そこに注力したところで雨竜には勝てずに終わってしまうだろう」

「つまり後者を選ぶってこと? でも、青八木君のレベルを下げるってピンとこないんだけど」


翔輝の疑問も尤もだろう。僕は説明を追加した。


「雨竜のレベルを下げるというのは、万全状態から遠ざけるってことだ。例えばあいつが体調不良だったら、今の僕でも時間をかけて倒せるかもしれない。そういう作戦を練っていくって意味だな」

「成る程、趣旨は理解したよ」

「それでどうするんですか? 青八木先輩の昼食に下剤でもぶち込みますか?」


さすが佐伯少年、限りなくゲスいことを真顔で言い切ったな。2人の先輩引いた目で見てるから少しだけ気を付けような。


「残念ながらそれはダメだ、雨竜に負けた言い訳を作らせることになる。あくまで『自分が悪くて負けた』って認識してもらわなきゃ勝利にならない」

「言いたいことは分かりますけど、それだと僕らでやれることって限られませんか? 僕ら廣瀬先輩の馬になるわけですし、青八木先輩の気を引くような行動をしてる余裕ってないと思うんですけど」

「その通り、その中で雨竜のレベルを下げるだなんて簡単なことじゃない、と思ってたんだが1つだけ案を思い付いた」


僕は3人を見回してから少し声のトーンを落として言う。



「翔輝、お前は僕と雨竜が組んで5秒くらい経ったらわざとこけろ」

「へっ?」



翔輝の目が点になる。それほどまでに予想外の言葉だったのだろう。


「雨竜の集中力を奪う最も簡単な方法は、僕らに勝ったと思わせることだ。倒した相手を警戒する必要はないからな、騎馬が崩れたとなれば隙の1つもできるだろう」

「いやいや、根本的な問題が解決してないよ! 僕が転けたら騎馬はどうするの? 油断してても僕らが動けないんじゃ意味ないじゃん!」

「それは、騎馬が一般人の場合に過ぎないだろ」


そう言って、僕は豪林寺先輩に目を向けた。



「豪林寺先輩なら、僕を1人で支えられますよね?」

「余裕だな、お前さんは体重軽そうだし」



そう、僕らは馬鹿正直に騎馬を組む必要はない。豪林寺先輩のおかげで、翔輝や佐伯少年を雨竜から集中力を奪う役割として機能させることができる。翔輝を転ばせると同時に僕がよろけた様子を見せれば、さすがの雨竜も油断するはず。


「ただ、騎馬が崩れても突っ込んでくる奴はいるぞ? フェイクを見せてる間に鉢巻を取られたら元も子もないが」

「そこはルールに助けてもらおうと思います」

「ルール?」

「はい、今翔輝に頼んで、男子騎馬戦の説明アナウンスの内容をいじってもらってます。いじると言っても不自然なことは言ってないです、『崩れた馬に追い打ちをかけるのは危険だからやめる』、それを強調してもらうだけなので」

「成る程、青八木ならばルールを蔑ろに攻めてくることはないだろう。ワシらの自作自演の隙を狙われることはないってことか」

「そういうことです」


雨竜からすれば相手は体勢を崩した弱い騎馬、例え鉢巻を奪えていなくても集中するに足りる相手にはなり得ない。


「うーん、そう上手くいくかの?」


途中まで納得していた口調の豪林寺先輩だったが、少しして頭を捻り始める。


「青八木は大層お前さんを気にいっとるからな、お前の鉢巻を取るまでは集中して待機しとるんじゃないか? お前さんの体勢が問題ないとバレれば攻められるわけだし」


僕が雨竜に気に入られてるかは別として、豪林寺先輩の疑問は尤もだ。何かと深読みする青八木雨竜が、僕の足場が崩れた程度で油断するかどうかと言われたら、油断してもいいという判断をするまで時間をかける可能性はある。



しかしながら、今回に限りそれはあり得ない。



「豪林寺先輩の仰る通り、雨竜が僕の復帰を想定して待機してきたら勝ち目はありません。ただ、嬉しいことにこれは団体競技なんです」

「ん? どういうことだ?」

「翔輝、予行演習の予選で雨竜が取った鉢巻の数って何個だ?」

「4つか5つは取ってたと思う、かなり盛り上がってたからね」

「そうなんです、雨竜は青団のエースだから、1つの仕事が終わったら次の仕事に行かないといけないんです。雨竜がそう思ってなくても、雨竜の騎馬は絶対にそう思います。だから、僕1人にいつまでも時間をかけるわけにはいかないんですよ」

「……まったく、お前さんの考察力はホントに恐ろしいな」


今度こそ豪林寺先輩は納得したように頷いた。そんなことないです、僕は弱っちいのでいろいろ考えないと生きてはいけないだけなので。


「初期位置にも拘ります。雨竜以外の馬から狙われないよう、絶対に端を取ります。あいつのことだから僕らの正面を陣取ると思いますので、雨竜たちの初期位置も縛れます」

「それに意味があるんか?」

「あります。僕らが端にいれば、僕らに勝ったと思った雨竜騎馬の移動を制限できます。僕らが右端を初期位置とするなら、相対する雨竜の初期位置は左端。僕を倒した後は必ず右方向へ進みます。それが分かっていれば、必ず雨竜の背後を取れる」

「背後か、確かに青八木に勝つにはそれくらい必要だが、ワシはお前さんを抱えて早く動けるわけじゃないぞ? 青八木の騎馬を後ろから追いかけている間に青団の他の連中がワシらのことを伝えるかもしれん。そうなったらそれまでの作戦がパー、堀本がいなくて不安定なまま青八木と再戦しなくてはならんが」


そう。それが問題の1つ。例え雨竜を騙して1度立ち去るような形を取らせたとしても、それを追いかける機動力がなければ意味がない。豪林寺先輩の仰る通り、他の仲間にバレて再度向き合うことになるのがオチだ。それでは翔輝を転けさせてまで隙を作る意味がない。



だからこそ、僕はルールに則って可能な限りの機動力を得ることにした。



「それについても、考えていることはあります。正直、賛成意見がもらえるかは別ですが」



僕にしては歯切れの悪い物言いになったことを自覚しながら、難しい顔をして腕を組んでいる佐伯少年に声をかける。



「佐伯少年、お前に重大な任務を託したい。頼まれてくれないだろうか」

「内容言う前に承認取るのはズルいっすよ、まあ多分やるんでしょうけど」



最初から不信感マックスの佐伯少年に僕は詳細を伝える。



それが今回、最も練習が必要になる1つの要素だった。

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