第48話 体育祭13

『男子騎馬戦では、各団4人1組、計10組の騎馬を組み、制限時間1分以内で残っている騎馬の数を競います』


僕らは集合場所に待機しながら、馴染のあるアナウンスに耳を澄ます。


『ルールはいたってシンプル、騎手の頭に巻かれている鉢巻を取り、相手の騎馬を減らしていくことが主となります。鉢巻を取られた騎馬はその場で退場となります。また、騎馬が崩れ、騎手が地面についた場合も退場となりますので気を付けてください。また、組み合う時の注意事項ですが、組み合っている際に相手の騎馬が崩れた場合、危険ですので追い打ちはかけないようにしてください。さらに、爪で相手を傷つけたりしないよう、騎手は軍手着用をお願いします。繰り返します』


アナウンスで伝えられているように、実にシンプルなルール。騎馬同士がぶつかり合い、騎手と騎手が組み合って相手の鉢巻を奪う。奪い終われば仲間に加勢してさらに鉢巻を奪う。最終的に騎馬が多い方の勝ち。騎手の運動能力が高いだけでは何とかならないのが唯一の肝と言ったところか。


『なお、本日は予行演習の結果を踏まえまして、3位決定戦を『赤団対白団』、優勝決定戦を『青団対黄団』の組み合わせにて行います。それでは赤団と白団の参加者は準備してください』


そうアナウンスされると、僕らの前に待機していた白団連中が立ち上がり騎馬を組み始める。彼らの対戦が終わった後、僕らと前後を移動し、僕らが戦うことになる。


「豪林寺先輩」


僕は隣に待機する豪林寺先輩へ声をかける。試合を開始する前に、言っておきたいことがあった。


「どうした?」

「いえ、騎馬戦を始める前にちゃんと謝らなくちゃと思って」

「謝る?」

「はい。今回の作戦、豪林寺先輩の好む戦法とはかけ離れてます。その片棒を担ぐような真似をさせてしまっていること、本当に申し訳なく思ってます」


今回僕は、雨竜に勝つためにあらゆる考察の元、作戦を決定した。だがそれは、豪林寺先輩が得意とする横綱相撲とは相反するものだ。いくら雨竜に勝つためとはいえ、それを豪林寺先輩に強要したことを先に謝っておきたかった。



「まったく、お前さんは変なところで考え込む奴だな」



しかしながら、豪林寺先輩は僕の不安など吹き飛ばすように軽く僕の背を叩いた。


「ワシが横綱相撲なのは、それ以外をこなす能力がないからだ。猫だましも変化も悪いと思ったことはない、それも相撲の1つのあり方、否定する要素は何もない」

「先輩……」

「それにな廣瀬よ、ワシはお前の作戦を聞いたとき、驚くほどワクワクしたんだ。騎馬戦としては邪道かもしれんが、決まれば絶対に気持ちよくなれる。最後の体育祭でそんな経験をさせてくれるお前に謝られることなんてない、そんな謝罪は負けたときに取っておけ。今回の作戦は、お前の推察が正しかったとしても勝率が5割行くか分からんのだからな」

「はい、分かってます」


まったく、余計なことを口走ってしまった。誰よりも男らしい存在がそんな小さいことを気にしているはずもなかった。豪林寺先輩を最も知る男だというのに、反省しなくてはいけない。


だが逆に、そのおかげで何も迷いはなくなった。豪林寺先輩の言うとおり、全てがうまく言ったとしても勝てるかどうか分からない。そういう綱渡りを何度もしていくことになるのが今回の戦いだ。一瞬でも気を抜けば負けてしまうこと、それを充分に念頭に置く必要がある。


『ただいまの対戦、2対1で白団の勝利です』


頭の中を整理している間に、3位決定戦が終了していた。歓声と拍手が校庭内を飛び回り、白熱していたことを今更ながらに知る。


『つづきまして、青団対黄団による決勝戦です。赤団と青団、白団と黄団は場所を入れ替わってください。また決勝戦では計11騎にて対戦しますが、ルールに大きな変更はありません。それでは青団と黄団は騎馬の準備をしてください』


そのアナウンスで僕らは白団と場所を入れ替わり、騎馬を組み始める。


僕らの位置はお偉方用テントから1番離れた端っこ、先生方から1番遠い位置にいるが、騎馬戦に参加しない生徒たちからは1番近い位置でもある。右側に10騎僕たちの仲間がいるわけだが、残念ながら彼らに力を貸している時間はないだろう。


少し離れた正面には、わざわざ場所を合わせたように雨竜が立っていた。あいつは青団のエースだし本来ならお偉方側にいるはずだが、わざわざこちらに移動したのだろう。話が早くて助かるというものだ。


「豪林寺先輩」

「ああ、全員3年だな」


予想していた通り、雨竜の騎馬は雨竜以外全員3年。豪林寺先輩ほどではないが、しっかりと身体を鍛え上げている人たちだ。予選でも雨竜だけで相手の鉢巻を4つ奪ったらしいし、他を犠牲にしてでも雨竜の騎馬を強くしたというところだろう。あいつ、安定して騎手やれるほど体重軽くないしな。


『それでは、騎馬を立ち上げてください』


その合図で、僕は豪林寺先輩、翔輝、佐伯少年で組んだ騎馬に乗る。練習はしているがさすがの安定感、これならいくら暴れても騎馬を崩されるという心配はないだろう。


深呼吸をする。ここから先、僅か1分間の戦い。それでも人間の集中力が続くことはないとされる。


だがそれがなんだ、そんな限界突破しなければ青八木雨竜に勝てっこねえ。


視界を狭めろ、余計なことを考えるな。


全てはただ1つ、目の前の男を倒すことに注ぎ込め!



『位置について、ようい、スタート!』



猛々しい発砲音と共に、両翼の騎馬が声を上げながら中央へと突き進む。


僕は両手を上げて構えながら、同じく構える雨竜と相対する。豪林寺先輩のおかげで高さで遅れを取ることはない、これなら充分にやり合える。


「っ!」


僕らの騎馬が接近し、僕と雨竜は構えていた手を組んだ。相手の鉢巻を奪うよう、自分の鉢巻を奪われないよう、ひたすら力を込める。


「いけ青八木!!」


騎馬からの怒声に反応するように、雨竜の右手が僕から外れて頭を狙ってくる。


「っぶね!」


僕は大きく身体を右にねじりながら何とか回避、すぐさま左手で雨竜の右手を払って組み直す。


ったく、冗談じゃない。少しでも隙を見せてみろ、僕の頭の鉢巻なんて一瞬でもぎ取られる。練習経験の差なんて関係ない、人間としての完成度が違いすぎる。


僕と雨竜は基本手を組んだまま、お互いに手を弾きながら攻防を繰り広げていく。そんな風に語っているが、実際3秒も経過していないだろう。お互いがお互い、刹那の中で戦略を繰り広げ行動に移している。


だが、言うまでもなく押されているのは僕だ。攻防を繰り広げるなんて格好良く表現したが、はっきり言って僕は防戦一方。休む間もなく攻めてくる雨竜の攻撃を全身と両手で何とかいなすのが精一杯。これだけ派手に上体を動かせば、支える騎馬に掛かる負担も尋常じゃない。


このままでは負けるのも時間の問題。何とか勝利の糸口を見つける、そう決めた瞬間、



「っあ!」



――――唐突に、僕の身体が右下に傾いた。



「っし!」



雨竜の騎馬から、勝利を確信したような気合いの入った声が響く。



それに伴い、雨竜も攻撃の手を緩めた。



それもそのはず。




僕の右足を支えていたはずの翔輝が、勢いに耐えきれず転んでしまっていた。

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