第41話 体育祭6

「という事情でして、力を貸してもらえないでしょうか」

「お願いします!」


早速黄団のテントに戻った僕と晴華は、協力してくれそうな3名を集めて頭を下げる。


本来ならば僕らの事情など知ったことかと言ってもおかしくない場面だが、この中で唯一の同学年はいつものように慌てふためいた。


「いやいや頭なんか下げないで! 廣瀬君の頼みとあらば断らないよ、僕が今までどれだけ助けられたか。力になれるか分からないけどもちろん協力する!」


堀本翔輝は、否定という言葉が辞書に存在していないかのようにあっさり首肯した。騎馬戦というハードな競技を好むタイプでもないはずなのに協力してくれるのは素直に嬉しかった。


「いいですよ僕も、神代先輩の頼みを断れるはずもないですし。それに、青八木先輩を倒せるなら願ってもないチャンスだ」


佐伯少年は、僕にだけ水面下の欲望を曝け出すように笑う。かつては否定していた共闘を実現させる日が来るとは、やるからには一緒に雨竜を敗北へ導いてやりたいものだ。


「ワシも構わんぞ。青八木との対戦云々はともかく、最後の体育祭で1つでも多くの競技に出られるなら本望だ」


豪林寺先輩は、生意気な後輩の願いを大きな懐で受け止めてくれる。わざわざ自分のためだなんて補足するが、僕に余計な気を遣わせないためだというのは察している。いい男過ぎるよホント。


「それじゃあ」

「ああ、ワシたちがお前さんの馬になって青八木と戦う。やる以上は全力を尽くすぞ」

「ありがとうございます」


雨竜と戦うのに、心強いメンバーだ。僕の知り合いが一人でも欠けていたらこうはなっていなかっただろう、僕は本当に恵まれている。


「ユッキー、みんなの承認を取れたところで根本的な問題を解決しないと」

「根本的な問題?」


聞き返すと、晴華は古典的にずっこけそうになった。そうして僕に伝わるように溜息をつく。



「ユッキーたちは騎馬戦メンバーにエントリーされてないんだから、頑張っても参加できないよ?」



ここへきて実にシンプルな城壁が立ちはだかろうとしている。エントリーしてないから参加できない、当たり前のことだ。


とはいえ何も考えていないわけではない、体育祭は厳正な陸上競技とモノが違うのだから。


「神代の言うとおりだ、どうするんだ廣瀬?」

「それなんですが、豪林寺先輩のお力を借りたいのですが」

「ワシの?」

「はい、団長あたりに真っ向から相談いただけないですか、『せっかく体育祭に参加できたら騎馬戦に参加したい』って」

「成る程、忍び込むよりよっぽどうまくいきそうだな」

「うーん、それでうまくいくのかな」

「馬鹿野郎。豪林寺先輩は2年の時にそのお力で陽嶺高校の名を全国へ轟かせたんだぞ? その恩も忘れて無礼を働く教師陣がいようものなら、僕があらゆる手を使ってでも体育祭をめちゃくちゃにしてやる」

「「うわー……」」


晴華と佐伯少年がドン引いた目で僕を見るが無視。豪林寺先輩はそれほどまでに偉大な存在なのである。


「それでうまくいったとしても青団ももう一騎準備しなきゃいけないってことだよね、僕らみたいに準備できるかな?」

「それなら大丈夫だよ、騎馬戦は誰かが風邪で休んだ場合でも人数差が出ないように一騎予備で準備してるから」

「だったら黄団も参加するのはその予備の方々になるのでは?」

「元々出るはずのない騎馬だ、僕らが乱入しても問題あるまい」

「問題ないことはないが、今回はワシらを優先してもらうか。早速団長に話をしてくる」

「助かります!」


エントリーされていないなんて普通ならどうにもならなそうなことだが、こうして知恵を共有すると何とかなりそうだから不思議である。学校の体育祭というローカルルールが許される環境だからというのもあるのだろうが。


「そうだ翔輝、涼岡希歩にお願いがあるんだが」

「お願い?」


その内容を翔輝に伝えると、彼は少し唸ってから僕の瞳を真っ直ぐ見る。


「それが、青八木君に勝つのに必要なんだね?」

「少なからず勝率アップに貢献していると思う」

「分かったよ、なんとかできないか聞いてみる」

「助かる」


普段はへなちょこで頼りない男だが、やると決めたときの翔輝は案外見所がある。ここは心配する必要はないだろう、後はそもそもの僕らの問題だ。



「それで、廣瀬先輩は本当に青八木先輩に勝てると思ってるんですか?」



僕の心でも読んだかのように、ずっと青八木雨竜を負かしたくてしょうがない佐伯少年が尋ねてくる。


「豪林寺先輩、ですか? めちゃめちゃ頼りになりますけど、それでも僕らは予選すら経験していないメンツですよ。練習を重ねてる青八木先輩に勝てるほど甘いとは思えませんが」


雨竜を負かしたいからこそ、佐伯少年は決して希望的観測で語ることはしない。共闘するパートナーとして現実を見てくれているのは頼もしい限りである。


「佐伯少年の言うとおり、このまま雨竜に勝てるとは思っていない」

「……つまり、勝てる手段自体は思い当たってるってことですね?」

「そういうことだ。豪林寺先輩が戻ってきたら早速練習を始めたいが、少しでも僕らの練習を見られるわけにはいかない」

「どういうことですか?」

「説明すれば分かる。一つでも行程を端折れば雨竜に勝つのは夢のまた夢と思え」

「具体的なこと何も言ってもらえてないですけど、先輩が言うと何とかなりそうだから不思議ですね」

「いずれにせよ現状では勝率は10%もいかない。昼休みはほぼ練習に充てると思ってくれ」

「いいですよ、それで青八木先輩に勝てるなら」


佐伯少年がほくそ笑む。ホント、欲求に正直なコイツが1番面白いのは間違いないな。



こうして僕は、対雨竜戦の攻略法を3人へ伝授する。3人はそれぞれ驚いていたが、雨竜を倒すにはこれくらいは必要だろうと納得してくれた。


「それは確かに人に見られたくないですね」

「だろ?」

「でもこれ、廣瀬先輩的に勝利ってことでいいんですか?」

「いいんだよ」


説明を求めた佐伯少年に僕は言ってやる。



「雨竜が悔しがると確信しているからな、ならば僕らの勝ちと定義しても問題ない」

「成る程。そういうことなら僕も異論ありません。作戦の要として仕事させていただきます」

「なんか2人とも、すごい悪い顔してなかった?」

「気のせいだ(ですね)」



翔輝の質問を適当に流して気合いを入れ直す。



作戦を立てた以上、それを完璧にこなすために努力をする。



だがその前に、二人三脚の件で雨竜と真宵に謝罪をしなければならないな。

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