第42話 体育祭7

豪林寺先輩が戻ってきてから少しばかり作戦会議を続けたのち、僕と晴華は青団のテントに向かって歩く。


雨竜と真宵に、二人三脚を棄権する旨を伝えるためである。今は1年生の競技中のため、トイレにでも行ってなければ椅子に座っているか団の応援をしていることだろう。


しばらくすると、青色のテントの下に軽く人が集まっているのが見えた。本人の姿は見えないが、中心にいるのは恐らく奴だろう。そういえばコイツ、桁外れの人気者だった。


「あらら、ウルルンすごいね」

「人のこと言えないだろお前は」


雨竜も晴華もすぐに自分のことを棚に上げるが、僕からすればどっちもどっちである。そういえば、晴華とベンチに戻ってきたときは美晴の周りに人が多く居たな。知らないうちにフェロモンでもまき散らしているのだろうか、そんな蜂が群がるハチミツみたいな人生はゴメンだ。


「どうしよう、一旦引き返す?」

「なんでだよ、こっちは用件済めば終わりなんだから話し掛けるぞ」

「だよね、ユッキーならそう言うと思った」


なんだその呆れたような目は。競技に参加する1年生を応援してない連中の話なんていくら遮ろうが文句は言われないさ、僕も応援してないから人のことは言えないが。


「聞こえるか青八木雨竜、聞こえたならすぐさま観念して投降しなさい」

「なんで警察風?」


サイレンでも持っているかのように声のトーンを落として呼びかけたが、外側に居るパンピーがこちらを見ただけで中心部には届かなかった。何の話をしてるか知らないが体育祭の外で盛り上がりすぎだろ。


「なんだ、雪矢来てたのか」


今度はどんな風に呼びかけようか考えていると、モーセよろしく雨竜の前の人混みが左右に分かれて本体が出現した。大して大きな声を出したわけでもないのに良く聞こえたな、それとお前の友人たち訓練されすぎだろ。


「ちょっと話があったんだが、お取り込み中か?」

「大丈夫だ、どうせ話が終わったらすぐ戻るんだろ?」


こういう理解力の高さは敵ながら感服させられる。細かい説明をする必要がないので非常に楽だ。


「あと真宵は居ないのか?」

「後ろよ」

「うぉ!」


テントの中に金髪少女がいないか探していると、突然後方から声を掛けられ心臓が跳びはねる。此奴、いつの間に接近していたんだ。


「あんたら来てたの見えたからね、青八木サイクロンに見とれてる間に背後を取ったってわけ」

「いや、背後を取る意味が分からんのだが」


そもそも青八木サイクロンって何だよ、あいつが集団を作るとそういう名称で呼ばれるのか。全く以て関わりたくない、そういう意味ならサイクロンで間違いないな。感心してる場合か。


「てか勝負前に何なわけ? まさか白旗上げに来たわけじゃないでしょうね」

「おっ、察しがいいな。そのまさかだ」

「えっ……?」


真宵としては冗談で言ったつもりなのだろう、僕の返答に言葉を失っているようだった。雨竜も少なからず驚いているように見える、それなりに衝撃的な内容だったらしい。


「ちょっと、マジで言ってんの? あんたたちだってそれなりに練習してたじゃない?」

「それだけじゃ足りないと今更ながら理解した。だから今回は棄権だ、勝てない勝負に挑んでも仕方ないだろ」

「そりゃあたしと青八木のペアは最強だけど、だからって戦う前に棄権って……!」

「違うのマヨねえ、これには理由があって」

「お前は黙ってろ」


自分の足のことを言おうとした晴華を制止する。確かに晴華の足は負傷しているが、二人三脚以外の競技には出てもらうつもりなのだ。だったら足の怪我は出場しないことの理由にはならない、言ったら余計に真宵を怒らせるだけだ。


「ちょっと神代、言いたいことがあるならはっきり――――」

「名取さん、それ以上は詮索するだけ無駄だよ」


不自然な会話をする僕らに真宵が怒りを示し始めていたが、世界一空気を読める男が間に割って入った。


「雪矢たちに戦う意志がない以上俺たちの勝ちだ」

「それはそうかもしれないけど」

「確かに味気ないっちゃ味気ないけど、俺たちは俺たちでぶっちぎればいい。文句ない走りができたら2人が参加してても俺たちの勝ちってことだし」

「うーん、まあそれでもいっか。あたしとしては青八木と組めただけでも儲けものだったわけだし」


雨竜が諭していくことで、真宵に付いていた火が少しずつ鎮火していく。二人三脚を通じてそれなりにコミュニケーションを図ったのか、以前より距離が近く感じる。


「ってことでいいんだよな雪矢?」


どこか勝ち誇ったような表情で僕を見下ろす雨竜。実際不戦勝するわけだから確かに勝っているのだが、にやけ面がムカつく。コイツ、これから僕がしようとしている話を察しているだろ。


「二人三脚についてはそれでいいが、話はそれだけじゃない」

「というと?」

「僕も騎馬戦に参加する、だから僕と直接対決しろ」

「はっ?」


最初に声を上げたのは真宵だった。僕の言い出したことが理解できなかったのだろう。安心しろ、僕も客観的に見たら多分理解できないから。


「確かに俺は騎馬戦に参加するが、お前はメンバーじゃなかっただろ?」

「さっき許可を出してもらった。決勝戦は騎馬が1騎ずつ多い状況で戦うことになる」


豪林寺先輩からそう聞いている。さすがは陽嶺高校の顔、僕と違って無理難題を正々堂々突破してくれる。


「成る程、豪林寺先輩か」

「そうだ。先輩がいて僕が負けるわけなんてない。まあお前に勝つ自信がないって言うなら戦わなくてもいい訳だが」


これは嘘だ。雨竜と戦わなければ騎馬戦をしている意味がない。協力してくれる3人にも、二人三脚を諦めてくれた晴華にも顔向けできない。


だが、僕だって充分にコイツの性格を理解している。



「アホか、お前との勝負を断るわけないだろ。これで体育祭、楽しみが1つ増えたってモンだ」



案の上、雨竜は楽しそうに笑みを零していた。僕を苛めることに楽しさを見出している爽やか(?)少年だからな、さすがに断るはずはないと思っていた。自分で言っててなんか悲しい。



「ふっ、せいぜい首を洗って待ってることだ。己の敗北に怯えながらな」

「あっ、ちょっと待て雪矢」



捨て台詞を決めて立ち去ろうと思ったら、思いの外普通の声のトーンで僕を呼び止める雨竜。君、切り替え早くない?


「何だよ、こっちが気分良く立ち去ろうと思ったのに」

「いや、昼飯一緒に食おうと思ってさ」


どういうこと? さっき僕ら、騎馬戦バトルしようって約束したよね? オフは仲良くしようってやつ? そんな簡単に切り替えられるかバカちん。


「お前の気持ちは顔を見れば容易に判断が付くが、ここは折れてくれ。梅雨と昼を食べる約束をしてるんだ」

「梅雨のやつ来てるのか?」

「俺の保護者としてな、両親はどっちも忙しいし」

「だとしても無理だ。僕は父さんとご飯を食べるし、そもそもその時間もほとんどない」


昼休みは雨竜に勝つための特訓をすることに決めている。父さんと団欒する時間はあれど、青八木さん家と仲良くしている時間はない。他の3人にも申し訳が立たないし。



「そうは言ってもな、梅雨のやつお前のお父さんと一緒に居るらしいんだが」



ねえねえ、どうしてそんなに仲が良いの。ライン友だちの枠を超えてないですか。

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