第40話 体育祭5
「足はもういいのか?」
「うん、バッチリ!」
「よし、じゃあ歩きながら話すか」
テーピングの処置を終えた晴華と一緒に第一体育館を出る。今はまだ3年生の100メートル走だと思われるが、あまりテントに居ないのも怪しまれるだろう。以降の話は歩きながらすることにする。
「早速聞きたいんだが、雨竜が出場する種目ってなんだ?」
僕は持ってきておいた体育祭のしおりを晴華に見せる。雨竜との勝負に拘っていた晴華ならそれくらい分かるだろう、というか分からなかったらまずい。
「答える前に1ついい?」
「なんだ?」
「ウルルンが出てるからって、戦えるかどうか分からないよ?」
「何?」
「先週体育祭の予行練習があったでしょ? その時に種目によっては予選会も開いてたの、綱引きとか棒倒しとか。今日は決勝と3位決定戦に別れる訳だけど、ウルルンのいる青団と当たる種目ってそんなになくて」
「マジか」
誤算だった。例によって雨竜は持ち前の身体能力を活かしてそれなりに種目に参加しているようだが、対戦機会がないのであれば話にならない。さすがに別の団に紛れて対戦するのは現実的ではないし。
「黄団の男子があんまり強くないんだよね、逆に青団はほとんど予選で勝利してる」
「ふがいねえ……」
「ユッキーも黄団の男子なんだけどね」
「参加してない競技で負けてようが知らん、しかしそこまで弱かったとは」
「だったら個人戦にする? 借り物競走とかあるけど」
「悪いが個人戦はパスだ、それで勝負するには準備期間がなさすぎる」
頑張ったけどギリギリで負けた、なんて意味はない。戦うと決めた以上は勝つための手段を徹底的に考察する。借り物競走は運の要素も強いし今から挑むにはリスクが高い。100メートル走みたく純粋な身体能力での勝負ではないのは評価できるんだが。
「あっ、1つだけ青団と戦える団体戦あったよ」
そう言って晴華は、しおりのある場所を指差した。
「男子騎馬戦、これは黄団も予選で勝ってるから決勝戦だよ」
「騎馬戦……」
そのフレーズが頭を過ぎった瞬間、僕の中で雨竜への勝利の道筋が組み上がった。あくまで理想論だが、やってやれないことはない作戦を立てることができた。
「ユッキー?」
「騎馬戦だ、騎馬戦でいこう」
「えっ?」
「騎馬戦なら雨竜に勝てる、僕が言うんだから間違いない」
「ちょ、ちょっと待って」
僕の男前宣言を遮るように晴華が待ったをかけた。
「何だ、人がせっかく競技を決めたって言うのに」
「いや、ウルルンへの勝利宣言もすごいんだけど、ユッキーちゃんと出られるの?」
「どういう意味だ?」
「騎馬戦って他の団体戦と違って4人1組を作らないといけないんだよ?」
「友だちの少ない僕じゃ成立しないって言いたいのか?」
「騎馬を組む以上は信頼できる相手じゃないとウルルンに勝つなんて無理だよ、二人三脚以上に」
「手厳しい言葉だが心配するな、ちょうど土下座をすれば協力してくれそうな人間に心当たりがある。やってやれないことはないさ」
「そ、そっか」
「そうと決まれば早速声を掛けに行こう、轍は熱いうちに打つんだ」
「……」
僕の数少ない心当たりの元へ向かおうとしたのだが、晴華が急に足を止めてしまう。俯いていて、表情は窺い知れなかった。
「どうした?」
「ううん、ちょっと寂しいと思って」
「寂しい?」
「ユッキーがね、あたしの無念を晴らしてやるって言ってくれたの、すごく嬉しかった。でもね、こうしてユッキーが勝つためにいろいろ考えて、あたし以外のメンバーとウルルンに挑むって考えたら急に寂しくなって。あたしってもう蚊帳の外なんだよね、あはは」
嘘くさい笑い声が如実に晴華の感情を示していた。こうして僕が勝つために動けば動くほど、自分で決着を付けられないことが重くのしかかる。土俵の外にいるしかない自分に嫌気が差してしまう。
このことに、明確な解決法はない。晴華自身が吹っ切れる他ないからだ。
ただ、そうは言っても間違いを正すことくらいはできる。
「勝手に蚊帳の外に行くんじゃねえよ」
「えっ?」
目を丸くした晴華が、首を傾げて僕を見る。
「お前が居なきゃ、そもそも雨竜と戦う気なんて更々ないんだよ。僕が戦う以上僕にはお前の魂が宿ってる、少なくとも僕はそう思ってる」
「ユッキー……」
「というか僕が勝利してそんなしけた面してみろ、その頭のしっぽでジャイアントスイング噛ましてやるからな」
「……ふふ、それは御免被りたいな」
「だったらにこやかに応援してろ、僕とお前の二人三脚はまだ続いてるんだから」
「……うん」
言いたいことを言っただけだったが、晴華の表情に笑みが戻ってきた。まったく、普段は鬱陶しいくらい元気なんだからその調子で居てくれればいいんだよ。
「じゃあ今からテント直行?」
「ああ、練習したいこともあるし時間がない」
「そういえばユッキー、100メートル走どうしたの?」
「代役を立ててきた」
「ええ……見に来てる親御さん悲しまない?」
「問題ない。父さんなら晴華を追いかけている時の僕の華麗な走りで満足してるさ」
「100メートル走ってそういう意味じゃないと思うんだけどな」
ぶつくさ晴華に小言を言われたような気がしたが、無視して早急にテントへ向かう。
まったく何の偶然なのだろうか。雨竜と戦う種目が騎馬戦で4人1組で、僕が相談できる人間がちょうど3人、しかも同じ団。
ここまで神が味方して負けるわけにはいかない、ここで雨竜には黒星をつけさせてもらう。
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