第38話 体育祭3

100メートル1年男子の部が終わり、2年女子の部が始まる。


女子の次に出番となる2年男子は、女子の待機列の真横で座って待機していた。女子たちが終わればそのままスライドしてレーンに並ぶのであろう。


「廣瀬君」


先ほどの美晴との会話もあり、なんとなく晴華のことを目で追っていると、後方から僕を呼ぶ声が聞こえた。


こんな晴れやかな天気だというのに微妙に浮かない表情をしていたのは、同じ団である堀本翔輝である。


「どうした? 今から走る女子を競馬に見立てて僕とギャンブルしようってのか、この社会不適合者め」

「会話の冒頭がそれ!?」


翔輝は額に手を当ててやけにショックを受けているようだった。ギャンブルではなく乳揺れからのカップ数当てゲームの方だったか。なんて不埒な奴なんだコイツは。


「そうじゃなくて、さっき月影さんと何話してたのかなぁと思って」

「……ああ」


そういえば、テントで美晴と話していたとき、翔輝はチラチラとこちらの様子を窺っていた。美晴の様子が普段と違っていたし、コイツなりに気にしてくれていたのかもしれない。


「晴華の奴、足を怪我してるんじゃないかと思ってな」

「足を?」

「僕と美晴の懸念が一致していて、ほぼ間違いないと思うんだが」


そう前置きして、翔輝にも先ほど美晴と話した内容を共有する。


一通り話し終えると、翔輝は口元に手を当てて「そういうことか」と呟いた。


「一昨日の体育の後さ、ちょっと気になることがあってね」

「気になること?」

「着替え終わってから女子が教室に戻ってきたんだけど、神代さんだけ次の授業に遅れてきたんだよね。体育で膝擦ったから保健室寄ってたって言ってたけど、それくらいで保健室行くような人じゃないし。それに、その後の女子たちの会話で神代さんが体育で全力出さなかったみたいな話があって、そういう人じゃないだろって心の中で思ってたんだけど」

「成る程な」


翔輝との会話でさらに疑いが濃くなる晴華の怪我。体育祭の練習で手を抜けないから体育の授業に力を入れない。運動馬鹿のあいつからは考えられないことだ。保健室へ行ったのも足の治療のためだと仮定すれば話が通る。こんなに人の目があって隠しきることなんてできるはずもないのに、どんだけ頑固な奴なんだろう。


「廣瀬君、神代さん走るよ!」


翔輝の声で顔を上げ、レーンに並ぶ後ろの姿に注目する。左から3番目でトレードマークのポニーテールをゆらゆら動かしながら軽くストレッチをしているのが問題の人物である。今の彼女を見て、足を怪我してるなど誰が思うだろうか。


前の走者が走り終わり、放送委員がレーンに並ぶ女子たちを順に呼び上げる。右手を挙げて軽くお辞儀をするのが一般的らしいが、晴華はかつてのオリンピックで一世を風靡した黒人スプリンターの真似をしていた。1位を取るという意思表示なのだろうが、僕らの世代でそれを覚えてる奴ってそんなにいなさそうだけどな、案の上翔輝はポカーンとしてるし。


スターターの「いちについて」の合図で、皆が軽く膝を曲げてポーズを取る。クラウチングではなく腰を上げたままの普通の体勢。そこから少ししてから「よーい」と声を掛け、発砲音でランナーが一斉に飛び出した。


晴華はスタートから圧倒的に速かった。2位ともどんどん差を付けて独走状態である。足の痛みで転ぶ、なんてお約束展開があるわけでもなく、そのまま1位のゴールテープを切った。


「怪我してる、って感じじゃないね」

「……」


翔輝がそう言いたくなる気持ちも分かる。真宵が同じレーンに居るわけでもないのに、晴華は全速力でグラウンドを駆け抜けた。こうまで気持ちよく走られると、疑っていた自分がおかしく感じてしまう。怪しい行動が散見しているのに、晴華は白なのだと思ってしまう。


少し気を抜いてしまいそうになる刹那、僕は走り終えて遠くに居る晴華の様子に違和感を覚える。



晴華が、黄団のテントの方へ戻らない。



100メートル走が終われば、放送委員のように体育祭補助に絡む人間以外はテントで待機する。テントからそれぞれ競技に取り組む同じ団のメンバーにエールを送る。だから晴華も、黄団の1位が記録されたらテントに戻れば良い、戻って馬鹿みたいに大声で応援すれば良い。



それなのに、晴華が向かっているのはテントとは真逆の方向。普段僕らが入り浸るが、本日は脇役以下の存在である校舎の方角。



トイレに向かった、それでも充分に話は通るが、僕の直感がそうではないと確信を持って言っている。100メートルの走者に気を取られている間に、そっと空間から抜け出そうとしているように感じた。



これを逃がす手はない。僕は去って行く晴華を見逃さないようその場で立ち上がった。周りに座る男子たちの視線を浴びるが、そんなもの気にしていられない。



「廣瀬君、どうしたの?」

「晴華の様子を見てくる」

「えっ!? もうすぐ男子の番だけど!?」

「代わりに走っといてくれ」

「僕の番は誰が!?」

「間に合ったら僕が走る、間に合ったら」

「それ絶対間に合わないやつ!」



キレッキレのツッコミを背に受けながら、僕は晴華を追いかけることにした。あの馬鹿たれに、僕に隠し事など通用しないことを教えてやる。

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