第37話 体育祭2
「ユッキー行かないの? もうすぐ2年の番だけど」
「男子は後だろ、僕はもう少しテントで涼む」
「りょーかい、じゃあ先行くね!」
「晴華ちゃん、頑張ってね」
「余裕ですよ余裕!」
1年生女子の100メートル走が終わった辺りで、応援合戦の最終調整を行っていたハレハレが帰ってくる。流れるように晴華は100メートル走の待機場所へ向かったが、参加しない美晴は僕の隣のパイプ椅子に座る。
「それで、晴華のことで話って何だ?」
時間がそれほどあるわけでもないので、早速本題から入った。美晴の話が、晴華から感じるここ最近の違和感と繋がればいいのだが。
「うん。もしかしたら気のせいかもしれないんだけど」
先程まで穏やかな笑顔で親友と挨拶を交わしていた美晴が、少し深刻そうに前置きする。
「晴華ちゃん、どこか調子が悪いんじゃないかと思って」
それは確かに不意を突かれた言葉だったが、呆けるほど的外れな内容でもないように思えた。
「その心は?」
「今週ね、残り時間もないし応援合戦を何度も通しで練習してたんだけど、時々動きが悪いときがあって。でもちょっとしたら元に戻ってるから失敗しただけなのかなって自信がなくて、晴華ちゃんに聞いても何でもないって言われるし。二人三脚のときはどう?」
「練習時間が短い以外は気になることはなかったな」
「そっか、私の気のせいなのかな」
「いや、察し性能の高いお前が言うんだから間違いないだろう」
「えっ、そこまで上げられても自信ないんだけど」
「何を仰るやら」
美晴は謙遜するが、悟りの境地に達する彼女の眼力から逃れる術はない。美晴が黒だと疑ってるなら晴華は黒だ。
それにあいつは演技が巧い。勉強会で周りに発破をかける演技も冴えていたし、その後のゲームの立ち回りもなかなかに役者だった。この間の電話の時のように隠す気がなければ話は別だが、逆を言えば今回はこっちから指摘をしてもシラを切るつもりなのだろう。
「雪矢君、心当たりあるの?」
「そうだな、1つの可能性レベルだが」
「教えて欲しいな」
仲の良い親友のことだからか、美晴の瞳は強く真っ直ぐ僕を捉えていた。隠すつもりはなかったが、この姿を見て言わないという選択はない。
「先週の日曜だが、慣れない履き物で思い切り転けたって言ってた」
サンダルを履かずにアスファルトの上を歩いていたからよく覚えている。もしかすると、あの時から足の調子が悪かったのかもしれない。
それならば辻褄が合う。僕との練習時間が短かったのはできるだけ足に負担をかけないため、ということか。
「それが原因なら怪我から6日経ってるが、治ってると思うか?」
「……ううん。晴華ちゃん、体育祭の練習休んでないし、悪化してる可能性もある」
「だよな」
「しかもこの後100メートル走だし、晴華ちゃんのことだから絶対手は抜かないし」
原因を仮定することで、どんどん思考が薄暗くなっていく。僕らの心配が杞憂ならそれでいいが、そんな都合の良いことは恐らくない。
晴華は足を怪我していると結論付けるべきだろう。
「雪矢君は、晴華ちゃんと二人三脚あるよね?」
「……」
今回の体育祭、そもそもここまで熱が入ったのは晴華から男女混合二人三脚の誘いがあったからだ。雨竜に勝ちたいと願う彼女に条件付きで付き合うことになった、練習だけなら誰よりも早く始めたことだろう。
だからこそ、晴華は僕に何も言ってこない。怪我なんて言い訳にならないし、何よりパートナーの僕を落胆させる恐れがある。たった1度、全力を発揮できればそれでいいのだから隠し切ることを選択した。実際、僕との練習で初めの1回はいつもうまくできていたと思う。
だが、そんな分かりやすい隙を雨竜たちが見逃してくれるだろうか。
「どうするの?」
どうするもこうするも、ここまでやってきて負けるつもりなど更々ない。晴華自身、雨竜に勝つつもりだから僕には何も言ってこないのだ。
しかしながら、足を痛めている相手に無理をさせるのが正しい行動なのだろうか。確実に勝てる勝負ならまだ良いが、最後の調整不足のせいで負ける可能性のある雨竜たち相手でも無茶を通すのが正しい選択なのだろうか。
「見るからに晴華の動きに違和感があったら考える」
「うん、お願いね」
不安の呪縛から解き放たれたように笑みを浮かべる美晴。雨竜に勝つことが親友の望みだと言うのに、無理をさせることだけは望まないらしい。彼女からすればちょっとの無理が命取りになるのだ、たかが足の怪我だと軽んじることはないのだろう。
はあ、後は戦うだけだってのに僕に考える余地を与えやがって。
願わくば何事もなく二人三脚の時間を迎えられればよかったが、彼女の不可解な行動はこの後すぐだった。
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