第35話 違和感
「遅い」
「遅くない」
「遅い」
「遅くない」
「反省してる?」
「反省してる」
「遅い」
「遅くない」
「ふざけてる?」
「ふざけてない」
「説教」
「聞かない」
「なんで?」
「風呂入る」
「私も入る」
「なんで?」
「説教する」
「聞かない」
「聞け」
「掃除ある、今日の実験の」
「お父さんがやった」
「ありがとう父さん」
「説教」
「聞かない」
「聞け」
「まあまあ2人とも」
母さんとの不毛すぎるやり取りを挟んだ翌日。週末に控える体育祭のせいか、団が決まった当初と異なり浮き足立っている雰囲気を感じる。
ちなみに僕は少々おねむ。昨日は帰宅してから面倒事が起きたため、就寝時間が遅れてしまったのだ。
いやホント、唐突に母親面するの何なんだろうね、まあ母親なんだけど。休日のあの人は父さん巻き込んでボケッとゲームしてるだけだからいきなり母親ムーブされても僕は混乱する。
心配せずとも父さんに配慮した行動は今後も取り続けるので、あなたさまはお好きにゲームでもやっていてください。そして今度こそバトファミで倒す、首を洗って待っていやがれ。
「雪矢、昼飯行かないか?」
「体育祭前に僕を懐柔する算段か、それには乗らんぞ」
「お前も難儀な性格だな」
4限目終了後、雨竜からの悪魔のささやきを振り払い、僕は隣のクラスへ向かう。断った後の雨竜の可哀想なものでも見るような視線が若干気になったが、僕としては昨日のお騒がせガールの様子の方が気になっていた。昨日は投げっぱなしで終わっていたからな、兄君とは無事和解できたのだろうか。
ラインで聞いても良かったのだが、書いてることと思ってることが違う可能性もあるのでちゃんと会って話そうと思う。ちょっとちょっと、昨日あれだけ振り回されてなおアフターケアまで忘れないなんて、友だち甲斐ありすぎない? いやはや、自分の心の広さが眩しすぎるな。
「あっ、ユッキー?」
授業が終わるまで廊下で待っていると、少ししてから女友だちと教室から出てくる晴華と目が合った。
「先客だな」
「大丈夫、みんな先行ってて!」
「はいはーい!」
声を掛けると、瞬く間に友人と連携を取り身を空けてくれる晴華。
「いや、別に放課後でも良かったんだが」
「昨日のことでしょ? あたしもユッキーと話したかったし」
「そうか、なら食堂向かいながら話そう」
「うん。ユッキーもお昼ご飯混ざる?」
「混ざらんわアホ」
「あはは、いつもの返答だなぁ」
そう言いながら2人並んで廊下を歩いて行く。前も言った気がするが、2年Cクラスの女子会に僕が入ったらコイツ以外みんなポカーンとするわ。どんな顔して僕は食事を取れば良いんだ、場違いが過ぎるだろうに。
「で、昨日は兄君とうまく話せたのか?」
早速僕から話を振ると、晴華は「うーん」と唸りながら言葉を探す。
「昨日ユッキーも言ってたけど、いきなりお兄ちゃんも変われないって感じかな。あたしだって急に態度が軟化したらおかしく思うし」
「そうか、あまり役に立てなかったな」
「そんなことないよ! 変われないって言っても感情的なところだし、昨日はいっぱいお話できて楽しかった。ユッキーがいなきゃこんな風にはできなかっただろうし、本当に感謝してる」
「気にするな、僕が勝手にやったことだ」
「ユッキー意地悪だな、あれだけ助けてくれて気にしない方が無理だっていうのに」
「成る程。感謝を称して乳揉ませる気になったか?」
「それとこれとは別の話です! というかホントに別の話なわけで……」
「それに関してはお前の自業自得だけどな」
晴華と話す限り、昨日の件を引きずっている様子はない。となれば兄君とそれなりには和解できたと思って良いのだろう、少しばかり安心した。
「そうそう! お兄ちゃん、ユッキーのことあたしの友だちとして認めてくれてたよ!」
「マジか」
意外すぎた。年下のガキに説教まがいのことをされて一生嫌われても仕方ないくらいには思っていたのだが。
「なんか兄君の琴線に触れることでもあったのか?」
「えっ、えーっと……」
僕としては当たり前の質問を投げたつもりだったが、晴華はわざとらしく目を泳がせる。そんなに難しいことを訊いてしまっただろうか。
「わ、分かりかねますので、お兄ちゃんに今度聞いてみますね」
「いや、別にそこまでしなくていいが」
「ホント!? よかったぁ~」
「何をそんなに安堵してるんだ?」
「き、気のせいでは?」
あからさまに狼狽える晴華を追及してやりたい感はあったが、食堂に着くまで時間はない。兄君との問題が概ね解決したというなら、次は原点に立ち返るのみ。
「まあいい。それより放課後練習するぞ、体育祭まで1週間切ったしな」
練習とは言わずもがな二人三脚のことである。現時点で僕と晴華のコンビネーションはそれなりに仕上がっているが、いかんせん相手は雨竜と真宵。油断せず練習するに越したことはないだろう。
「ゴメンねユッキー、今日はパスでいいかな?」
そう思っていたのだが、本件の言い出しっぺが申し訳なさそうに言ってきた。
「なんかあるのか?」
「応援合戦の練習が佳境だからさ、あたしもまだ完璧じゃないし」
「あー」
そういえば、コイツは僕が発破をかけたせいで出ている種目が多いのだ。3分間の応援内容を覚えなければいけない応援合戦まで参加しているし、そこまで二人三脚に時間が割けないというわけだ。僕が言い出したこととはいえ、見事に時間を奪われてるな。
「そういうことなら仕方ない、明日以降時間取ろう」
「うん、あんまり時間取れないかもだけど」
「おい、そんなことで大丈夫か? こちとらこの勝利に全てを賭けてるんだぞ?」
「ユッキー、欲望に忠実だね……」
あれ晴華さん? 何かモチベーション下がってない? 僕のためにも一生懸命頑張るんだよ分かってる? あれ、元々晴華のために僕が頑張るんだっけ、忘れてしまいました。ここまできたらどっちでもいいですね。
「言われなくても大丈夫。そのために動いてるし」
「ならいいんだが。しょうがない、今日は偵察と称して雨竜にちょっかいかけるか」
「あたしの前で言わないで欲しかったな、共犯だと思われそう」
ぶつくさ文句を言う晴華だが、少々意外な状況で実は面を食らっている。
学校も体育祭で盛り上がっているところなのに、思ったより冷静な彼女に違和感を覚えていた。こうなったら流れに便乗して馬鹿騒ぎするかと思ったのに、やることが多くて頭が回っていないのかもしれない。普段だったら二人三脚も晴華から練習に誘うくらいだしな、今週くらいは僕が引っ張ってやらなければなるまい。
そう思って、珍しく運動事に奮起していた僕だったのだが。
晴華との二人三脚の練習は想像以上に時間が取れないまま、体育祭を迎えることになってしまった。
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