第34話 兄妹の会話
「お兄ちゃんは彼との交際は認めんぞ」
「だから違うって言ってるでしょ……」
神代家玄関前による兄妹の変を終え雪矢が帰宅した後、兄は不機嫌そうに腕を組みながらそう言った。晴華は呆れて溜息を漏らすが、兄の表情は変わらない。
「というか彼、ホントに晴華と同い年なのか? 達観しすぎて呑まれそうだったんだが」
「達観っていうのか分からないけど、どんなときでも1番の選択ができるんだよね」
人は追い込まれれば冷静さを欠いて失敗してしまうこともあるが、雪矢の場合はその逆。何でもないようなことで失敗するくせに、ここ1番の判断をほとんど間違えない。だからこそ頼りがいがあり信頼できる。晴華にとっての雪矢はそういう印象だった。
「俺の方が年上なのに言いくるめられたのがムカつく、だから晴華はやらん」
「ええ……」
あまりに子供じみた態度に再度兄を情けなく思うが、それほどまでに雪矢の理論武装は完璧だった。
決して感情的にならず相手の本音を見つけ出し、譲歩できる内容を引き出す。晴華の主張も考慮に入れての解決策なのだとしたら、大した人心掌握術である。
「というか本当に彼氏じゃないのか? お付き合いを許してください的な話じゃなくて?」
「さっきから何回も違うって言ってるんだけど、なんでそう思うわけ?」
「いや、だったらあそこまで俺に楯突いてくるか? 晴華の気を引きたいとでも思わなきゃ考えられないくらい積極的だったぞ」
「あー」
そのことについては、晴華も雪矢の真意を測りかねていた。
ただ、こうなった経緯を考えれば、間違いなく言えることが1つある。
「ユッキーはさ、普通にあたしを家まで送りたかっただけなんだと思う」
「はぁ?」
兄の不思議そうな相槌に思わず頬が緩む。だがしかし、これ以外の理由が考えられなかった。
「自分のやりたいことができなかった理由がお兄ちゃんだったってだけ、きっとそうだよ」
「嘘だろ、それだけの理由で他人様の家庭環境に突っ込むのか?」
「突っ込んじゃうんだよね、ユッキーなら」
それが確信できてしまうから廣瀬雪矢という人物は面白く、その上大抵は成功させてしまうから恐ろしい。兄が雪矢に嫉妬心のような気持ちを抱くのも分からなくはなかった。
「じゃああれか、付き合ってはないけど晴華のことが好きとか?」
「それはないかな。ユッキーも友だちって言ってたでしょ?」
「分からんぞ、男ってのはすぐに下心を隠すからな」
「ユッキーに限ってはないよ、そういうの全然隠さないし」
「ん? つまりしょっちゅう彼にセクハラされてるってことか?」
「ち、違うよ? 他の男の子との会話を聞いてそういうタイプなんだろうって思っただけで!」
「その割には随分断言してたような」
「気のせいだよ気のせい!」
間一髪と内心ヒヤヒヤする晴華。雪矢に対してフォローするつもりが、別の疑いをかけられ焦ってしまう。まあセクハラ云々は疑いというより事実に近いが。
「つまり女友だちを送りたいだけの紳士ってこと? そんなやついるか?」
「うーん、紳士ってのも違うけどな~」
「もう彼のことがよく分からんのだが」
「あはは、実はあたしもよく分かってない」
雪矢の行動原理は『自分がそうしたいから』一択なのだが、何故そうしたいかは考えてもよく分からない。
そもそもの話、少し前までの雪矢は基本無愛想で相手をしてくれることは少なかった。基本会うときは不機嫌そうな表情だったのに、今では普通にやり取りをしてくれている。自分を名前で呼び、友だちと称してくれるのは晴華にとっても嬉しい変化だった。
だからこそ、もし雪矢の行動原理に理由があるなら、『友だちだから』というこれ以上ないものだと晴華にとって言うことはない。
「珍しいね、お兄ちゃんがそこまで男の子について知りたがるなんて」
「彼と晴華が言ったんだろうが、頭ごなしに否定はするなって」
「そっか、早速実践してるんだ」
兄の変化を見て、晴華はしみじみしてしまう。今まで男と聞いたら聞く耳を持たなかった兄が、自分に歩み寄ろうとしてくれている。それが何より嬉しく、この状況を作ってくれた雪矢に何より感謝した。
「うーん、地頭の良さが癪に触るが頭が悪いよりいいかぁ?」
「意外と悩んでるね?」
「ザ・男って感じなら弾き易くもあるんだけど、見た目で緩和されるんだよな」
「それ、本人に言っちゃダメだからね?」
兄との会話が楽しくて、晴華はウキウキしてしまう。話題の中心が雪矢であることも楽しさの一因になっていた。
――――しかしながら、1つだけ気になることがあった。
「ま、まあ、友だちって言うなら100万歩譲ってありかもしれない」
「友だち……」
「えっ、何その反応? お兄ちゃんが男友だちの存在を許したのに反応薄くない?」
「あっ、えっ、い、いいの!?」
「聞いてなかったっぽいから考え直す」
「ゴメンってお兄ちゃん!」
ここ一番の宣言を流され拗ねる兄を慰めようとする晴華だが、それでも先程から残るもやもやした何かが消えてくれない。
『ただの友だちですよ、疚しいことなんてありません』
あれほど望んでいた友だち関係。あれほど望んでいた雪矢との関係。
それなのに、昔ほど現状に喜べていない自分が、晴華は不思議で堪らなかった。
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