第36話 体育祭1
まだまだ夏の暑さが尾を引く9月末の空の下、2学期最初のイベントである陽嶺高校体育祭が開催される。
天候にも恵まれ、校庭には陽嶺高校の生徒700人強が体操服に身を包んで集まっている。開会宣言を終え、それぞれの団が保有するテントの下で待機する。最初の種目は1年生の100メートル走なので2年と3年が待機なのだが、僕は嬉しすぎる朗報にテンションが上がっていた。
「豪林寺先輩! 参加できたんですね!」
黄団のテントには、多忙のため参加はできないとされていた豪林寺先輩の姿があった。2週間前にお会いしたときに同じ団であることは知っていたが、その時は体育祭には出られないかもしれないと仰っていた。まさか同じ団として参加できようとは。
「去年出られなかったせいか、親方が気を利かせてくれてな。最後の体育祭くらいしっかり堪能してこいって」
「良い人ですね!」
「ああ、随分世話になっとる。こうなったら心ゆくまで暴れてやりたいが、参加できる種目が限られとるからな」
豪林寺先輩は欠席が濃厚だったため、全員参加の競技以外の出場はできない。怪我をしないよう走る系の種目も出ないため、縛られ方は美晴とそんなに変わらない状況だ。
「何言ってるんですか、綱引きに参加いただけるだけ充分ってもんですよ! 黄団みんなが期待してますからね!」
「ワシ1人で変わるとも思えんがな」
「ご謙遜を、僕は綱引き優勝に関してはまったく疑ってないですからね」
「そんじゃ、お前さんの期待に添えるよう頑張りますかね」
そう言って、大きな手の平で僕の頭を雑に掻き乱す豪林寺先輩。まさか二人三脚以外に楽しみな種目が生まれようとは、今年の体育祭はひと味違うな。
「豪林寺先輩、おはよーございます!」
「おはようございます」
そんな僕と豪林寺先輩師弟の一時を脅かす2つの影。同じ団になったのは黄団に所属する教師陣の誰かの陰謀ではないかと囁かれるほどの有名人。
僕にとってのポンコツ2人は、いつぞやの終業式のように僕と豪林寺先輩の仲を引き裂こうとしていた。
「おはようさん、それにしても2人とも黄団なのか」
豪林寺先輩が晴華と美晴の頭に巻かれた黄色の鉢巻を見て声を上げる。おかしいですよね、もっと大きな声で主張して陽嶺高校首脳陣にもの申してください。加勢するので。
「そうなんです、これはもはや運命ですね!」
「私は全然戦力にはならないけどね」
「そんなことないよ、今年のミハちゃんは応援合戦だって出るんだもん!」
「うん、みんなの足引っ張らないよう頑張るね」
「がはは、相変わらず2人は仲がいいのう」
腕を組みながら満足げに頷く豪林寺先輩。やはりこの女たちは敵だ、こんなにあっさりと豪林寺先輩と仲良くしよって。可愛いは正義だって言うのか、確かに僕もそう思う。
「雪矢君、そんな怒った犬みたいに唸らなくても豪林寺先輩は取らないから」
「あはは、ユッキーはホントに豪林寺先輩ラブだねえ」
どうやら僕から送られる怨念に気付いたらしい、ハレハレは豪林寺先輩から一歩距離を取って苦笑する。それを見た豪林寺先輩が、呆れたように溜息をついた。
「廣瀬、そんなに不満ならお前さんも会話に混ざればいいだろうに」
「僕にはコイツらから豪林寺先輩を守る義務があります、一緒に話してたんじゃその隙を突かれてしまう……!」
「お前さんには2人がどう見えとるんだ……」
豪林寺先輩の指摘に、ハレハレが楽しそうに笑う。いかんのですよ先輩、この笑顔にどれだけの男たちが騙され屍を築いてきたか。神様が育んだ天然魔性ガールズめ、豪林寺先輩はお前らには屈しないからな。
「それじゃあまた! あたしたち応援合戦の最終調整があるので!」
「おう、また空いた時間に相手してくれ」
「はい!」
ハレハレは豪林寺先輩への挨拶を終えると、テントの裏で集まっている応援合戦メンバーと合流しようとする。
「おい晴華」
「ん?」
その前に僕が晴華を呼び止めた。何事もなさそうに僕と顔を合わせる彼女だが、僕には一抹の不安があった。
「二人三脚、大丈夫なんだろうな?」
結局この1週間、晴華は応援合戦や他の体育祭種目にかまけて二人三脚の練習を疎かにしてきた。
確かに少しばかり時間を取って練習したときはうまくやれていたが、だからこそその慢心が本番で出てこないか不安になっている。
「大丈夫だって! そのために誰よりも先に練習してきたんじゃん!」
しかしながら、晴華は僕の不安など吹き飛ばすように笑顔を作って親指を上げる。後半は調整レベルでしか合わせをしていないが、誰よりも先に練習していたのは僕らである。雨竜と真宵が相手だろうと、そこだけは揺るがない部分だ。
「そうだな、後は本番でやりきるだけか」
「そうそう、ユッキーはユッキーらしくどっしり構えてくんなきゃ!」
にししと頬を緩めてから、晴華は今度こそ応援合戦組へ合流する。
うむ、確かに今日を迎えてまでぐちぐち文句を零すのはモチベーションを下げるだけで意味のない行動だ。何度もいうが、晴華に他の種目に出るよう促したのも僕だ。そこに不安を感じるくらいなら、長期スパンで鍛練してきた経験値を信じることにしよう。
「雪矢君」
「どうした美晴、お前も応援合戦組だろ?」
二人三脚の件、自分の中で解決を図ったところで美晴に声を掛けられる。
ただし美晴は、いつものような笑顔ではなく、先ほどの僕のように瞳を不安で揺らしていた。
「後でちょっと話しても良いかな、晴華ちゃんのことで」
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