第30話 夜の公園
「出かけたい」
「なんで?」
「友だちに会うため」
「今から?」
「今から」
「不純?」
「純粋」
「……了承したくない」
「なんで?」
「外暗い」
「それで?」
「……危ない」
「危なくない」
「危ない」
「危なくない」
「……勝手にすれば」
「勝手にする」
母親との必要最小限の会話を終えると、僕はスマホと財布だけ持って最寄りの駅まで向かう。
父さんに相談したところ、少し悩んでから「お母さんが良いって言ったらね」と笑顔で言った。父さんとしてもこんな時間に息子を外出させたくなかったのかもしれない、じゃなきゃ開口一番「いってらっしゃい」と言っていたはずだ。
父さんに心配を掛けているという罪悪感で胸がいっぱいになる。今すぐUターンして父さんを安心させたい。
だが今は、父さんに心配を掛けてでも行かなければいけないところがある。それを解決してからでないと、帰ったところで何の意味もない。僕が『友だち』という単語を使ったからこそ、父さんも折れてくれたのだろうから。
朝の通学とは違う、人の入りが少ない電車に乗り込む。普段はほとんど座れない座席に腰を掛けながら、スマホを操作する。
「……くそ」
晴華とのやり取りを確認したが、未だに既読は付いていない。それが余計に不安を増長させる。
さっきの電話で間違いないのは、晴華も外出中だということ。車が横切る音が聞こえたし、歩きながら僕へ連絡してきたのだろう。ならばまだ公園には着いていないはず、公園のブランコで1人座ってるくらいなら大通りを歩いていた方が幾分かマシなはず。
晴華と連絡が取れないのもスマホをバッグに入れているだけだと考えれば理屈は通る。さすがに電話を切ってあんな短時間で事件に巻き込まれたってことはないと思うが、美少女には無限の可能性があるから油断できん。いつぞやの梅雨みたいにナンパされてもおかしくないわけだし、アイツの容姿なら。ほぼないと思っているが、公園に行っても晴華が居なかったら考慮に入れることとする。
10分少し電車に揺られ、僕は陽嶺高校方面に行く電車に乗り換える。廣瀬家から学校までは徒歩込みで40分強掛かる。そこから公園までとなると、全移動に1時間くらい掛かる計算になる。補導されてもおかしくない時間に差し掛かるが、僕のようにダンディズムに溢れた男なら何ら問題あるまい。
はあ、お腹空いた。父さんの美味しい夕食が待っていたのに、家に帰るまで堪能できないなんて。それもこれも晴華の馬鹿のせいである。これでつまんない事情なら僕は全力でヤツの乳を揉みしだく。不当に父さんを心配させた罪に問われるからな、これくらいで済むなら安いものだろう。
ただ、晴華の様子で察する限り、つまらない事情である可能性は極めて低いわけなのだが。
―*―
家を出てからだいたい40分、陽嶺高校前まで来た僕は大通りに沿って歩道を進んでいく。晴華との練習で何度か通った道、さすがの僕でもここまで単純な道は忘れない。
夜の散歩。空の暗さと街の明るさのコントラストに心躍る。人が少ないからか、それとも普段体験できないことをしているからか、不思議な高揚感に全身が包まれる。気を緩めればスキップでもしてしまいそうだ、晴華の件がなければだが。
公園に近付くにつれ、少しずつ歩調が速くなる。晴華が居ないことなど想定していないが、連絡があってすぐ動いたから案外僕の方が早く着いているかもしれない。それだと晴華を待たなきゃいけないから嫌だな、明日は一応学校だしな。
大通り沿いに続く道を曲がり、暗がりの道を進んでいく。街灯の感覚が思ったより広く、陰から人が現れると驚いてしまいそうだ。
逸る気持ちを抑えながら安全第一で歩いて行くと、公園の方から微かに音が聞こえてきた。
古くなった遊具の、金属と金属が絡む音。いつもなら顔が軋むほど嫌な音だが、この時ばかりは心底安堵させられた。
姿形はまだ見えていないが、この時間にブランコで揺れているような馬鹿は1人しかいないだろう。
ホッとできたということもあり、僕はゆっくりブランコの方へと向かう。対象の人物はブランコのチェーンを掴みながら、俯いたまま揺れていた。公園中央の街灯はそこまでほとんど届いておらず、暗さも相まってとても楽しそうには思えない。
僕はわざわざフェンスのある部分から公園に入り、対象人物の背後を取るように移動する。暗さとブランコの金属音のせいでまったく僕に気付かない、何を以て大丈夫だと抜かしたんだか。
溜息をつきそうになったのを堪え、僕はその無防備な背中に近付いて頭にチョップを入れた。
「僕が不審者ならお前の貞操詰んでるからな」
日曜日のこの時間、僕は対象の人物こと神代晴華に会うことができた。
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