第29話 不穏な連絡

 それから放課後、僕は晴華と二人三脚の練習に精を出した。


 初めは晴華の近所の公園で練習を続けていたが、体育祭本番に近づくにつれて部活から体育祭練習に切り替える生徒が多くなり、僕らも違和感なく学校で取り組むことができた。そもそも晴華は応援合戦にも出場するので、僕一人で独占するわけにはいかない。というか美晴見守り係として応援合戦の練習にも付き合わなければいけない状況にある。まあ僕から言い出したことなので異論はないが、日傘を準備してもいいですかね。何もせずに立ったままというのも辛いんですが。


 後、体育祭は関係ないが、翔輝と涼岡希歩から付き合うことになったと報告を受けた。わざわざ僕に言う必要はないのだが、涼岡希歩がそうしたかったらしい。立派な心構えだが、正直な話、僕が関わらなくても2人は付き合っていたと思う。翔輝は浮かれて気持ちは揺らいでいたし、涼岡希歩も芯のブレない強さを持っていた。遅いか早いかの違いだけだったと思う。とにかくおめでとさん、頼むから付き合って3日で別れそうとか相談が来ないことを祈る。


 さらに余談。実力テストの結果だが、僕は理科(物理化学)が満点だった以外散々なものだった。雨竜には「やっぱりお前は頭がおかしい」と失礼極まりないことを言われたが、同じく理科で満点を取っているアイツに言われたくなかった。おそらく去年の僕の総合得点を超えられなかったことを嘆いているのだろうが、1年と2年じゃ勉強範囲が大きく違うと理解してください。お前が頑張りすぎたせいで出雲が何度も石化しているところを見たぞ、もうちょっと彼女を意識したらどうだろうか。期末試験の努力が水泡に帰すから。


 とまあ体育祭準備期間なんて謳われている時期だが、上記除いて取り上げることはなかった。僕の知らないところでフォーリンラブしている生徒がいるかもしれないが、少なくとも僕の周りはいつも通り回る。最近は自分が起こしたものも含めトラブルが続いていたため、こんなに平穏でいいのかと不安に思うくらいだ。こうして少しずつ存在を消して影のようになれたらどれだけいいか、そう思わずにいられない。


 だがしかし、僕の不安というのは的中するもので、面倒なことは僕の想定しないタイミングで起きてしまうのであった。



―*―



 体育祭まで1週間を切った最後の日曜日、僕は家の前でダイラタンシーと戯れていた。液体のような見た目をしていながら、圧力をかけると固体ような抵抗力を見せる面白い物体である。


 僕は昔から水の上を走ってみたいと思っていたので、持っていたお小遣いでできるだけ片栗粉を買い、改造した収納ボックス5つを縦に並べて実験しようと思ったが、片栗粉が全然足りなかった。ダイラタンシーの厚みがないので、水の上を走っているという感覚があまりなかったのだ。


「そもそも長さが足りてないんだよなあ」


 汚れた足を拭きながら、片栗粉がこびりついた収納ボックスに目を向ける。走るというからには20メートルくらいは確保したいところだが、生憎収納ボックスを5つ揃えるのにだって時間は掛かったのだ。さらに今日以上の片栗粉を必要になると思うと溜息を禁じ得ない。くそう、紙飛行機やペットボトルロケットの良さが身に染みるな。安価イズゴッドである。


「やっば、もうこんな時間か」


 昼から作業をしてすでに時間は夕方7時、適度に休憩を挟んでいたとはいえ僕はどれだけ没頭していたというのだろうか。


 外の水道で収納ボックスを洗っていると、ポケットに入れているスマホが震えているのを感じた。スマホを自室に放置して周りからよくバッシングを受けるので肌身離さず持つようにしているのだ、僕って偉いな。


 メッセージではなく通話。相手は晴華だった。雑談か何かだろうと思いスマホをポケットに戻して作業をする。掃除が終わってから折り返せばいいと思っていたのだが、しばらくして考えが変わる。


 スマホの震えがずっと止まらなかった。普段なら僕が放置しているだろうとすぐに切るのに、この日はいつまで経ってもコールが止まない。


 嫌な予感がして、服で手の水気を取ってから再度スマホを操作。急いで晴華からの電話に出た。


「もしもし?」

『…………』


 挨拶したのに、返答が来なかった。車の通過音のようなものが聞こえるので繋がってないというわけではないはずだが、一体どうしたんだ。


「おい、もしもし!?」

『……あっ、ユッキー繋がった』


 声を大きくして繰り返すと、ようやく晴華の声を聞くことができた。一先ず安心したが、心なしか覇気がないように感じてしまう。


「どうした? 急ぎの用か?」

『急ぎ……そうかも。ユッキーにお願いがあってね』


 そう前置きし、晴華はそのお願いとやらを口にした。



『ウチの近くの公園、今から来られないかな?』



 予想外の言葉に、僕は返答が遅れてしまう。


「今からって、今何時か知ってるのか?」

『えーっと、19時だね』

「19時だね、じゃねえよ。今から行ったんじゃ家に帰るの21時以降になるだろうが」

『あれ、そっか。来られるわけないよね、ゴメンゴメン』


 何かがおかしい。やり取りの白々しさからそう感じた。普段は鬱陶しいくらいハイテンションなのに、無理矢理語調を上げているように聞こえてくる。


「晴華、お前大丈夫か?」


 直球で問い正す。僕の杞憂ならそれでいいが、そうじゃないなら話を聞くべきだ。このまま通話を切っていけないと僕の第六感が訴えかけている。


『大丈夫大丈夫、1人でブランコ乗ってまーす』

「はっ? お前帰らないのか?」

『ちょっと足が痛くてね、公園で休憩していこうと思ってたから』

「いや、公園まで着いたら家まで近いんだろ? そのまま帰ればいいだろ、てかこんな時間に1人って危ないし」

『だいじょーぶ、公園で遅くに遊ぶの慣れてるし。へっちゃらへっちゃら』

「おい、ホントに大丈夫……」

『ゴメンねユッキー、変なお願いしちゃって。今の忘れちゃっていいからね、それじゃおやすみ~』


 そう言って、あれだけ長く鳴っていた電話は呆気なく切られてしまった。


「……」


 暗くなったスマホ画面を見ながら、僕は思考する。


 普段なら気にしない、終わったことに安堵する晴華との通話。


 だが今回、明らかに様子がおかしい。会話が噛み合っていないし、何よりいつもの明るさが皆無である。こんなことに安堵できるほど僕の精神はねじ曲がっていない。



「……出ねえ」



 晴華に連絡をしたが、まったく電話に出る気配がない。メッセージを入れるも既読がつかず当然返信も来ない。



 こうなってしまっては、僕の不安を拭い去る方法は1つしかない。



「くそ! 行けばいいんだろ行けば!」



 僕はすぐさま、父さんへ外出する旨を伝えることにした。

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