第31話 最初の相手
「ユッキー? どうしてここに……?」
「どうしてじゃねえ、お前が呼んだんだろうが」
僕の登場に驚き呆けている晴華にもう一度軽くチョップを食らわす。この僕を心配させてこの程度で済ませていることに感謝してほしいものだ。
「……呼んでないし」
「はっ?」
「呼んでない、忘れていいって言ったもん」
「あのなぁ」
頬を膨らませて子どものような反論をしてくる晴華。僕は溜息をついてから、晴華の正面にあるブランコの柵に座った。
「忘れていいって言うなら、声色を普段と統一しろ。あんな沈んだ喋り方で額面通り受け取る奴なんているか」
「……そんなに違ってた?」
「全然違う。あれで隠したつもりなら、お前に女優の道はないな」
「……そっか」
「安心しろ、女優は無理でもモデルならイケる」
「ふふ、それ何のフォロー?」
薄暗い公園の中でも、ようやく晴華が笑っているのを感じ取れた。それでもいつもと差はあるが、少しだけ心にゆとりを持てたのだと解釈する。
「で、何があったんだ」
そういうわけで、早速本題に入る。ダラダラと話している時間はない、僕はできるだけ早く帰って父さんを安心させる義務があるのだ。
「……うん。せっかく来てくれたんだし、ちょっと聞いてもらっていいかな」
僕が軽く頷くと、晴華はブランコを僅かに揺らしながら話を開始する。
「今日さ、今泉先輩とデートだったんだよね」
秋の夜風がからっぽの公園内をすり抜けていく。気まずげに感じる沈黙も、ブランコと夜風のおかげでなんとか払拭できているようだった。
「最初は断ってたんだけどね、体育祭までは集中したいからって。でも、先輩が珍しくどうしてもって言うから、何かあったのかと思って今日会うことにしたんだ」
暗闇で気付かなかったが、確かに晴華は気合いの入った服装を身につけているように思えた。足元を見ると彼女は素足で、ブランコの脇にミュールサンダルが置かれていた。
「お前、そんなの持ってたか?」
「最近買ったんだよね、プライベートで気合いを入れたい日に履こうと思って。でもこれ走りづらくてダメだ、あたしにはスニーカーがお似合いだよ」
「いや、それ履いてるときに走るなよ……」
そこまで言って僕は気付く。
今日はデート、部活や体育祭の練習ではない。デート内容は知らないが、決して走る必要のないイベントだ。
それなのにどうして、晴華は走らなければいけなかったのか。
「デートはね、普通だった。渋谷の街をぷらぷら歩いて、気になったお店があったら入っていく感じ。今日行われるイベントがあったわけでもなく、先輩が拘ってた理由も分からなかった。でもね、デートを続けていくうちに、いつもと違うところに気が付いた」
そう言って、晴華は今泉さんの気になった点を口にした。
「面白いお店を見つけたり美味しそうなメニューを選んだりすると、やけに『自分が見つけた』ことを強調するんだよね。最初はそこまで気にならなかったんだけど、不自然なくらい多くて、そこまで言わなくたって分かってるのに自分の存在をアピールするように言ってて」
晴華の話では、今泉さんはとにかく謙虚であると聞いていた。デート中も晴華が退屈しないように柔軟に行動するし、晴華が大喜びしても自分の選択を誇るようなことはなかった。
今日の話は、普段の彼と大きくかけ離れているように感じる。
「ちょっと前から、兆候のようなものはあって。ラインの連絡が増えたり、大学生活の苦労を語るようになったり。それを違和感とは思わなかったんだけど、先輩、なんか焦っているように見えて」
成る程、一瞬今泉さんは謙虚のふりをしているのかと思ったがそうではないらしい。普段は謙虚だが、そのままでは何かがまずいと思ってアクションを起こした。晴華に不信感を与えてしまうレベルで。
「でもね、それ自体は別に良くて。大学生活とか大変で落ち着いてられないのかと思ったから、むしろあたしが支えていかなきゃって思ったくらいだった。だからちょっとオーバーなくらい反応してた、先輩が喜んでくれるように、気分転換になるようにって。今思うとそれが良くなかったんだよね」
そして晴華は、今日落ち込んでいた最大の理由を言った。
「それで帰り際、先輩にキスされそうになった」
そう言った晴華の表情を見ると、どこが自虐的な笑みを浮かべていた。
「おかしいよね、されそうになったって。あたしたち恋人同士なのに、今日だって端からみたら良い雰囲気だったのに……思い切り拒んじゃった」
「……」
「先輩はすぐ謝ってくれたんだけどあたし怖くなっちゃって、走って逃げ出しちゃった。慣れない履き物で1回転けちゃうしがむしゃらだったなぁ」
「……」
「以上、あたしが普段とは違う(?)理由なのでした……」
浮かんでいた笑みがしぼんでいく。そもそも楽しい気持ちで笑っていたわけではないのだろうが、今の様子は間違いなく電話を受けた状況そのものだった。
仲が良かった先輩からのアプローチを受け入れられず、それどころか恐怖を覚えるような体験をしている。付き合った条件を鑑みても、晴華の了承なしで行動した今泉さんの規定違反で彼女には非がないように思える。
「自業自得だ、このポンコツ」
だから僕は、あくまでも主観的に物事を語ることにした。論理もへったくれもない、感情のままに僕が思ったことを伝える。
「僕はあれほど言ってやったよな、そんな関係成り立つはずないから止めろって。でもお前が選んだんだぞ、先輩に引っ込みつかないから続けると」
「……」
「実際お前は恩恵を受けたな、告白を振る理由に最適だったわけだし、お前の大好きなお友達関係が継続できる理由でもあったな」
「……」
「それが実際こういう状況になって傷つくなんて何様なんだよ、僕からすれば半年以上進展ないまま放置された先輩の方に同情するわ」
傷ついている人間を癒さなければならないなんて法律はない。そんな中途半端な治療をするくらいなら、はっきりと膿の箇所を判明させた方が良いに決まっている。恋愛弱者のポンコツ娘相手なら尚更だ。
「どうした、慰めてもらえるとでも思ったか?」
僕の発言を俯き気味に聞いていた晴華だが、追い打ちをかけると僅かに顔を上げて僕に目を合わせた。
そして僕は目を見張る。
目の前の少女の、ボロクソに叩かれた後に抱いた感情は悲しみでもなく怒りでもなく、何故か喜びだった。
「まさか、ちゃんと叱ってもらえると思ったから最初にユッキーに電話したんだよ」
晴華は裸足のまま立ち上がると、両手を組んだまま思い切り天へ伸ばす。
「ユッキーの言うとおり自業自得、変わりたいなんて口ばっかりで行動に伴わなくて、先輩にあんな行動をさせた自分が全部悪い」
「……」
「でも、仮にこのことを誰かに話したら、同情されるのは100%あたし。近くに居ない先輩の事なんて見ようともしない」
「まあお前に媚び打った方が甘い汁吸えそうだしな」
「みんながみんなそうだとは思いたくないけど、あたしと先輩を公平に見た上で判断してくれる人はいないと思う」
「そりゃそうだ、お前と先輩のホントの関係を知らないんだからな」
美晴ですら晴華と今泉さんが仲良しカップルだと思っている。そんな状況で公平な判断を望んでいる晴華が傲慢というものだ。
「あたし、今泉先輩と別れるよ」
僕の思念でも届いたのかそれともブランコの上でずっと考えていたのか、晴華は自分の決意を口にした。
「それでちゃんと謝る。こんな関係を了承してしまったこと、結局先輩に何もしてあげられなかったこと、ちゃんと謝る」
「……ああ」
「学校の友だちにも言う、あたしと先輩の関係について。あたしは卑怯者で、先輩のことずっと利用してたって」
「そんな風に言ったって、同情されるのはお前だと思うけどな」
「分かってるけどいいの。あたしの隠し事をまっさらにしないと、あたしの望んでるものは手に入らないし」
僕に微笑みかけると、晴華は振り返って天を仰いだ。
「あーあ、もうちょっと早く決断できたら先輩に苦しい思いをさせなくて済んだのになぁ」
心なしか、晴華の声が震えているように感じた。背中を向けているのはそれが理由だろう。
「……ユッキー」
「どうした?」
「変わるって、難しいね……!」
「そうだな」
「はあ。ポンコツな自分、ホント嫌だなぁ」
「直せば良いだろ」
「これ、直るのかなぁ」
「直したいって思えるなら直せる。これからだ」
「ユッキー、なんだかんだ優しい」
「優しくないやつがこんなところまでわざわざ来るか」
「あっ、今日は肯定する日なんだね」
「黙れ、そのポニーテール引きちぎるぞ」
「させないよ、これはあたしの象徴です!」
お馬鹿な会話を進めながら、今度こそ晴華は変わることができるのだと思った。
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