第28話 ポンコツ操縦
6限終了まであと少し。ウチの学年の参加種目もほぼ決まり、各自が雑談をしている時だった。
「廣瀬、ちょっとちょっと!」
僕を手招きしてくるのは、先ほどステージの上で指揮を執ってた木田という団長だった。
「……何すか?」
嫌な予感にわざとらしく表情を強張らせる。1度も話したことのない先輩から親しげに呼ばれることほど恐ろしいことはないな。
……昔の蘭童殿、あいちゃん、ごめんなさい。
「悪い、1つお願いしたいことがあってさ」
手を重ねてフランクにお願いしてくる団長だが、僕は心を許したりしない。同じ団とはいえ、初対面だということを理解しているだろうか。
「応援合戦ってあるだろ、午後の一発目に行う種目なんだけどさ」
「はい」
「それにハレハレを出したいと思うんだよ。言わずもがなウチの綺麗どころだし、お偉方のウケもいいと思うし」
「評価基準は知りませんが、ウケはいいでしょうね」
「でも、2人とも出たくないって言うんだよな。理由は訊いたし気持ちも分かるけど、せっかくのアドバンテージをフイにするのもいかがかと思ってさ」
「結論は?」
「2人のこと、説得してくんね?」
ほらきた、この上ない面倒事だった。しかもこちらはずっと不服そうな表情をしてるのに一切退く様子を見せない、これが面倒でなくて何が面倒だと言うのだろうか。
「というかなんで僕なんですか?」
「廣瀬がハレハレと仲良いのは知ってるからな、というか割と有名だし。さっきもイチャコラしてたじゃねえか、羨ましいやつめ」
「いやいや、冗談も程々に…………へっ? 僕が有名?」
「とぼけてるのか、あれこれ好き勝手やってるくせして。というか青八木とつるんでる時点で顔は知れ渡るだろ」
「馬鹿な……!」
何と言うことだ、穏やかな日常を享受したい僕が有名? そりゃ教師たちと面と向かって話し合った回数はそれなりにあるが、生徒なんて雨竜の恋愛相談を受け付けたくらいだぞ。僕が有名だなんて信じたくない、雨竜に恋人ができてもひっそりできない可能性があるなんて嫌だぞ。
僕は路傍の石、線路に咲くタンポポ。人に知られぬところですくすく育ってみせる。
「……ダメだ! 綿毛になったら人の目についてしまう……!」
「廣瀬? どうした急に?」
しまった。タンポポにシンクロしすぎて思考がぶっ飛んでいたようだ。落ち着け僕、こういったところから綻びが生まれてしまうんだ。常に冷静沈着で対応しろ、今はこの場を切り抜けるのだ。
「当人が嫌って言ってるなら無理なのでは?」
「それはそうなんだけどさぁ」
団長は後頭部を搔きながら煮え切らない様子。
気持ちは分かる。あいつらを表に出してパフォーマンス以前に得点を稼ぎたい気持ちは分かる。
しかしながら、彼女たちはポンコツ、頑固一徹なのだ。1度決めたらそう簡単に気持ちを変えっこない、じゃなきゃ僕が今まで苦労している理由が分からない。
それに晴華はともかく、美晴は体力的にも参加はできないはず。応援合戦は自分たちの団席から本部へ走るところからスタートする、定石通りなら美晴が参加できる状態ではない。僕の説得が及ぶ範囲ではないのだ。
「そこまで言うなら団長が説得すべきでは?」
「俺は散々粘ったって、これ以上言うと嫌われそうでねー」
「つまり僕に嫌われてこいと?」
「えっ、いやなんというか、友情パワーで万事解決! みたいな?」
「話になりませんね」
説得する以前に団長の心意気が気に食わん。本当に団としてより良い成果を上げたいなら嫌われ者に徹しても動くべきだろ。3年全体からの信頼は厚いようだが、そんなんで僕の心を動かせるなんて思わないでもらいたいね。
「そうか。チャレンジしてくれたら豪林寺に廣瀬が頑張ってくれたこと伝えるんだが」
「任せてください。あんなじゃじゃ馬共、秒で改心させてあげますよ」
はっはっは、団長も人が悪い。豪林寺先輩のご学友なら最初からそうと言ってくれればいいのに。いやあ、これでますます豪林寺先輩の好感度が上がっちゃうなぁ、団に貢献してるんだから当たり前だよなぁ。
「先に言っときますがうまくいかなくても僕の果敢な振る舞いは豪林寺先輩にお伝えください、でなければ僕はあなたを恨む」
「お、おう。そこは心配するな」
よし。団長の言質は取ったし2人のところへ向かおう。体育祭を有意義なものとするため、団を勝利に導くため、僕は働く。
「あれ? ユッキーどうしたの?」
ハレハレは、先輩方と仲良く話しているところだった。男子の比重が多いが、本当に体育祭の話をしていたんだろうな。この方々が相撲部なら四股地獄に送り込むところだ。
「晴華、どうして応援合戦出ないんだ?」
「またその話~? だからウルルンとの勝負に専念したいんだってば、応援合戦って1番練習に時間取られちゃうし」
オッケーオッケー、全然大したことじゃなかった。まさに秒で考えを改めさせることができる。ようは雨竜との戦いを否定しなきゃいいんだ。
「アホ、お前がそんなことでどうする?」
「えっ?」
「雨竜のことだ、他の種目にも参加した上で完璧なパフォーマンスを見せてくるぞ。それなのにお前は二人三脚だけにひよっていいのか?」
「そ、それは……」
「仮に二人三脚で雨竜に勝ったとする。それでもし雨竜に『今度は同じ条件で戦いたいね』なんて言われたらお前はその勝利を誇れるのか?」
「む、むむむ!」
苦悶する晴華の表情、後一押しってところだな。雨竜が負けて言い訳を並べるなんて状況まったく想像できないが、晴華には効いてるから別に良し。仕上げである。
「せっかく僕が組むんだ、やるなら徹底的にやれ。全ての種目に全力を尽くした上で勝利するんだ」
「……まったく、ユッキーにそこまで言われて引き下がったら女が廃るね。いいよ、応援合戦やったろーじゃん!」
「「おお!!」」
周りで聞いていた先輩方の歓声が上がる。楽しそうですね、僕はおっぱいから少し遠ざかった気がして複雑です。二人三脚の練習時間が一気に減るのはきついが、やれる範囲でやるしかない。
まあいい、次だ。僕は、晴華とのやり取りをニコニコ見ていた美晴へと目を向ける。
美晴に対してはごり押し一択、主導権さえ握られなきゃ負けはしない。
「美晴、体育祭の種目、出られるなら出るよな?」
「うん、勿論。玉入れとかなら無理のない範囲で参加できるし、でも応援合戦は無理だと思う」
「走ったり踊ったりするんじゃ身体が保たない、僕だってそんな無理をさせる気はない」
「ありがとう雪矢君」
「でも、走ったり踊ったりしなきゃ参加できる可能性はあるよな?」
そう言って、僕は一緒に来ていた団長を見る。
「団長、応援合戦の演出で太鼓使いますよね?」
「ほとんどの団は使うだろうな、ウチも使うだろうし」
「その役、美晴に任せることってできますか?」
「……うん、月影さんがよければ問題ない」
団長は一瞬目を見張るが、状況を理解してすぐに返答をくれた。
「だとさ。太鼓役なら常設してる場所にスタートからいるし走ることはない。これなら無理のない範囲で参加できるだろ?」
「で、でも、太鼓役って基本男の子がやってて、私じゃそこまで大きな音を出せないだろうし」
「心配するな、太鼓の音量で負けたなんて言う奴黄団どころか他の団にもいない。だろ晴華?」
「もちろん! というかミハちゃんと応援合戦出られるならこれ以上ないよ! 先輩たちもそうですよね!?」
「「おうとも!!」」
野太い歓声が沸き上がる。さっきはやかましかったが、今は心強い声援だ。
だがしかし、運動というジャンルでここまで歓迎された経験がないのだろう、美晴にしては珍しく不安げに瞳を揺らしていた。自分にその役をこなせるのか、未知の領域に踏み出す勇気が足りていない。
ならば僕が、友人としてその一歩に協力しよう。
「大丈夫だ。上手くできないと思ったら僕が代わってやる。だから美晴は存分に自分の力を試してこい」
「……うん、雪矢君がそこまで言うなら。私が太鼓役、やってもいいですか?」
「「おうとも!!」」
最後にはいつもの微笑みを見せ、応援合戦には2人の美少女が参加することとなった。よくよく見ると、歓声を上げてるのは男子だけではなかった。野太い声に負けてるもののしっかり喜んでたんですね、3年が主役になる最後のイベントだし勝って終わりたいよな。
「雪矢君、ありがとう」
「僕の考えを押しつけただけだ、礼を言われる謂れはないぞ」
「うん、私も私の考えを押しつけてる。雪矢君にお礼を言うべきだって」
「……ならいいが」
美晴の感謝の弁が刺さる。動いた動機が不純だからな、2人とも前向きに参加を決めたからいいとしても。
だが、それはそれこれはこれ。豪林寺先輩、僕の活躍団長から聞いてくださいね!
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